長編ジャイキリ
□2 天使の微笑み
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その日は脚の調子が良かったため、持田は久々にクラブハウスを訪れていた。
クラブハウスに来ることが少なくなってから、チームメイトやフロントと距離ができたように思う。
距離ができたと言っても皆は持田に気を遣った。
持田にとってはそれが距離を生んでいるように思えた。
練習に出れば、あまり動けなくてもサポーターが持田に注目した。
苦しかった。
見られることがではない。
今まで大して感じてこなかったサポーターへの感謝を感じるようになり、彼らのために走れないのが苦しかった。
今まで恐れられ、王者として君臨してきた持田も、結局は一人のJリーガーに過ぎなかったのだ。
かわりにできることと言えば練習が長く持たない分早く出街のサポーターの元へ向かって、丁寧に対応することくらいだった。
「いつ復帰できるの?」
「復帰は難しいのか?」
そんなことを問いかけてくるサポーターも居なくなった。
今までの活躍があったから走れない今でも丁寧に扱われる。
持田はそれが嫌だった。
帰りの車内――脚を痛めているためクラブのマネージャーが家まで送ってくれるのだ――で持田は一週間前に出会ったあの少女を思い出した。
持田は少女の名前も知らない。
歳は女性と少女の間くらいの年齢に見えた。ただ知っているのはそれだけで、病室もうる覚えだ。
だが持田は、急にその少女に会いたくなった。
「ねぇ」
「なんです?」
「俺総合病院まででいーや」
「総合病院ですか?その後は?」
「正直車くらい自分で乗れるし、電車でも何でもあんでしょ」
「まぁ…いいならそこでおろしますけど…」
マネージャーはよく分からないと言いたげに返事をした。
あの入院していた先輩ももう退院していたからだ。
総合病院の駐車場で、持田はおろされた。
そういえば見舞いの品も持ってこなかった。
持田はマネージャーがクラブハウスへ戻るのを見送ってから近くのコンビニで適当な菓子を買って病院へ入った。