短編GIANTKILLING
□大切だから
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「わりぃ羽田!おくれちまって」
「カヤ!余裕で間に合ったじゃねぇか」
「仕事場から直行だよ!まったく平日の夜に試合なんかやるもんじゃないよ!」
カヤは息を切らせながらそう言った。
空は夕闇に沈んでいた。
今日は平日の試合で仕事があったカヤはスタジアムに直行したところだった。
彼女の仕事は駅前の食堂で、日中の暑い中ほとんど休みも取れずに働いてきた後だった。
「おい、なんか顔色悪くねぇか」
「え?ナイターのせいじゃね?」
「今日忙しかったんだろ?」
「まぁねー、いくら正社員とはいえあれはきつすぎる。水も全然飲めなかったし」
「…飲むか」
「お、サンキュー」
羽田が片方の眉を上げながら半分残っている自分のドリンクを差し出すと、カヤは一気に飲み干した。
太鼓を持ち上げながら石橋が顔をしかめた。
「本当に平気なのか」
「大丈夫だって!政志と間接ちゅうもしたしね!」
「お、おい名前で呼ぶな!」
「あんだよー、顔の割にいつまでもウブいんだから」
「余計な世話だ!」
「ちょっとー、彼女にそれはないんじゃない?」
そう言ったところで、選手達がグラウンドに出てくるのが横目に入った。
赤面を隠している羽田には目もくれずカヤは叫んだ。
「おらぁー!選手出てきたぞー!今日も勝つぞぉぉい!!」
「おいそれは俺の仕事だ!」
ちょっと大声出すの辛いからしっかりしてよね、と口に口には出さず思いながらカヤはコールリーダーの立つ洗車台に上がった。
ぐっと視界が高くなった。
グラウンドに出てきた選手達がバックスタンドの前まで来て一礼をしていく。
そして上がる羽田のコールと、それに続く石橋の太鼓の音にサポーターの声。
カヤは辛かった一週間も試合の度にいやされていくと感じながら頭上で手をたたいた。
前半はETUの優勢。
2ゴールがあがりカヤのテンションは雲の上に届くほどだった。
だから気が付かなかった。
自分の体が悲鳴を上げていることに。
「椿ちゃぁあああん!ナイス!ナイスゴール!」
「おっしゃああ!前半このまま切り抜けるぞ!ETU!!」
「いーてぃーゆっ――」
羽田のコールに続こうとした瞬間、カヤの体がぐらりと傾いた。
誰もが息をのみ、コールも途切れた。
「カヤ!」
「は…たっ…」
羽田が手を伸ばしてカヤの手をつかむが、少し遅かった。
カヤはもう洗車台からおちる寸前だった。
そこへ石橋が走り込み後からカヤの体を支えた。
あと少し二人の動きが遅れていれば、カヤは人の腰上ほどの高さの洗車台からまっさかにおちるところだった。
前半終了のホイッスルを聞きながら、カヤは心底驚いたような顔で、しかしぐったりと二人に支えられていた。
石橋に支えられ何とか足を付いて立ったカヤは、自分がみんなから注目されていることに気が付いて赤面した。
「前半2点で折り返せた。今日は絶対に勝つぞ!
だが、あんまり無理すっとこいつみたいになるから、水分補給等忘れないようにな!」
羽田の言葉にサポーター達はきさくに笑って「驚いちまったじゃねぇか!」「無理すんなよ」というので、カヤは苦笑いして頷きながら席に腰掛けた。
「だから大丈夫かときいたんだ」
「ごめん…石橋…。自分でもまさかこうなるとは…」
「まぁ、大事にならなくてよかった。俺は水分かってくるから、羽田たのんだぞ」
石橋の背中を見おくってから、カヤはうなだれた。
「ごめん羽田」
「…はぁ、お前もうあの仕事やめろよ」
「えぇえ!?」
「あんなとこいたらお前の体がもたねぇ」
「いやしかしですねぇ、あれは私の収入の全体を占めておりましてですね」
「もっとやすくてもなんとかなる」
「あんたねぇ…人ごとだとおもって」
「違う、そうじゃない」
私を見下ろしてくる羽田はやけに真剣な顔をしていた。
なによ、なんかアテでもあるの?
「お前が俺のとこに嫁げば、収入減っても問題無いだろうが」
「え――羽田…!?」
「っ…ッチ。あーもう、こっち見んな」
真っ赤になって顔を背けた羽田に、嬉しくなって飛びついた。
後日、飛びついていたところをテレビに映されていた事に気が付くのは、また別のお話。
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