心ノ臓ヲ捧ゲシハ

□それは違うよ
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ぱっと桜が辺りに舞い散る。

思わず目を一瞬瞑り、再び開けた私は目を見開いた。

「俺は山姥切国広…何だ、写しというのが気になると?」

そう眉を潜めながら顔を歪めて現れたのは、少し汚れた布を被った綺麗な金髪の青年。

どうやら彼が私の初期刀、所謂初めてのお仲間らしい。

「写し…とか、そんなの気にしてないです。大丈夫ですよ」

「……どうだか」

ふん、と鼻を鳴らした様子からしてまだ信用されていないようだった。

まあまだ先は長い、気長にやろうと私は気楽に構えた。






審神者。

霊力と呼ばれる力を持ち、時の政府というところに所属する謎の人物達。

私が持っていた情報はそれくらいなもので、他にはただ給与が莫大な額らしいとかそんなものだった。

端的に言えば、そんなオカルト地味たものがこの御時世にあり得る訳がないと思っていたのである。

なのに、

「主様。政府からあなたへ審神者の任命を承っております。これから手続きなどを行いますので、3日後には出発できるようお願い申し上げます」

「は…?」

驚きよりもまず、その言葉を受け入れたくないことの方が大きかった。

ある日突然狐が現れて、惚ける私に大層なことを言ったのである。

ずっしりと厚みのある封筒を携えて。

「これは謂わば前金です。残りは後で口座に振り込んでおきます。審神者になっていただければ同じ額を毎月お支払いいたしますよ」

お金なんて欲しくない。

断じてかと言えば嘘になるだろうが、半ば封筒を押し付けられるようなその剣幕に嫌悪感を覚えた。

何よりも面倒事に巻き込まれることが見え見えだったのだが、目の前の狐にはノーと言う返事を返させない雰囲気があった。

友人が言っていた噂話が頭を過った。

"審神者になったら、政府に使えるまで使われて、使い果たされるんだって"

根も葉もない噂であるが、ただの噂だと思っていた審神者という職業を提示されている今となってはそれも嘘とは言い切れないのである。

私をじっと見つめる狐の目で、拒否しようと開いた口からは何も音は出てくれない。

この場で、私に選択権などなかった。

「……分かり、ました」

「ありがとうございます」

私を品定めするように見ていた狐がぺこりと頭を下げる。

狐がこんなに可愛くないと思ったのは、生まれて初めてだ。





それから慌ただしい日々を送った。

あの日現れた狐…こんのすけから、漠然と審神者についての説明を受け、自分の持っていく最低限の荷物をまとめる。

そうしているうちにすぐに3日が経ち、口数の少ない家族と僅かな挨拶を交わす。

父親が離婚して再婚相手と暮らし始めてから、血の通わない私がこの家族と暮らすのがどれだけ苦痛だったことか。

仲良さそうに3人が話しているのを見る度に胸が苦しかった私としては、家を長期に空けられるのは喜ばしいことであった。

私の審神者としての報酬を見た家族から抗議の声が上がる訳もなく、するすると話は進んでいく。

それが普通だと思ったから、特別寂しいとも思わない。

特に思い残すこともない。

私は後ろから向けられる、居心地の悪い冷めた視線を受けながら、数十年間住み続けてきた家を後にした。






「……以上がここでの日課となります。基本的にこれを毎日行っていただければ結構です」

「はぁ…分かりました」

自室なるものの中に案内されて、最後の説明と大量の書類を渡される。

「それでは私は失礼いたします。何かあればその端末からいつでもご連絡ください」

例のようにぺこりと頭を下げて、こんのすけは去っていった。

こんのすけが消えたことを確認すると、気が抜けてふうと息が漏れる。

毎日の仕事内容も何となくは把握できたが、情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。

まさか刀鍛冶まがいのことまでするとは思ってもみなかったし、運動不足の腕には堪らない。

刀に神を降ろすというのもよく分からない…いきなり知らない男性が出てきたかと思えば部屋に行ってしまうし。

……まあとりあえず、ひと段落はついただろう。

ずっと気を張っていたせいか、刀と言えど神を降ろしたせいか、どっと疲れがのしかかってきて欠伸をする。

「少しだけ、寝ようかな…」

一つ伸びをしてから畳に横になると、重い瞼をゆっくりと閉じて私は微睡み始めた。






「……きろ…起きろ!」

「ん……?って、わあっ!?」

誰かに身体を揺さぶられる感覚があって瞼を押し開けると、目の前には先程の青年の顔があった。

「いつまで寝ているんだ…もう夜だぞ」

「……え?」

不満気に言う彼の言葉に慌てて外を見てみれば、すっかり日は落ちていた。

昼寝のつもりがぐっすり寝ていてしまったらしい。

「す、すみません!……えっと、お腹…空いてますか?」

とりあえず夕飯だと思って尋ねると、何だそれはといった顔をされる、何だその顔は。

「……その、お腹が空くってのは何だ」

「え!?」

空腹が分からないとは何事だ。

お腹が空きすぎたを通り越したんじゃないのか。

「と、とにかく!何か適当に作りますから、お夕飯にしましょう!」






目の前の腕が、ぴたりと一瞬だけ止まる。

やはり現代のものはまずかっただろうか、と思うのも束の間少しだけ顔が和らいだような気がした。

「……悪く、ない」

「あ、ありがとう、ございます…」

どうやら口に合ったようだった、良かった。

来たばかりのここに何故食材が置いてあるのかは疑問だったが、まあ恐らくこんのすけが準備してくれたのだろうなと思う。

ちなみに私が作ったのはオムライスだ。

山姥切国広は見たことがなかったのか、目を丸くしてオムライスを見つめていた。

少し可愛い。

「……あんたのいたところの料理なのか?」

「あ、はい。割と簡単に作れるので、時間がないときに重宝してました」

ただ単にオムライスが好きなだけなのもあるが。

そう言うと何か逡巡するようにじっと俯いてから、ぼそっと呟いた。

「……たまになら…その、食ってもいい」

それはまた食べたいという解釈で合っているのだろうか?

「山姥切さんが食べたいのなら、いつでも作りますよ」

「そ、そういう訳じゃない!そんな…わざわざ俺なんかのために、作らなくていい…」

俺は写しなんだからな、と笑う。

そんなのは違う。

「それは違いますよ」

彼のことは銘以外何も知らないけれど、そんな風に悲観的になるのは間違っている気がした。

「……山姥切さんは山姥切さんです。写しが何なのかはよく分からないですけど、私はただあなたと仲良くなりたいんですから」

目を白黒させながら見開いた彼の顔が面白くてしかたがなかったのは、ここだけの秘密だ。

「……あんたは…変だ」

「変って…ひどくないでしょうか…」

「変ってのは!その、そういうことじゃなくて…」

わたわたし始めたので、分かったと手で静止する。

「とりあえず、食べようか」

そこからは二人で黙々と食べて、いつの間にか互いの皿は綺麗に空になっていた。

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