《2》
□朧気な赤光
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不思議な夜のトラファルガー・ローを見た次の日。
余り眠れなかったが目覚まし時計の音をきっかけに私は起き上がった。
確か昨日ベポの抜糸も終わり今日から自由に動ける筈。
食堂でご飯を食べるベポの為に私は何か作ろうとまだぼやける早朝の空を窓の向こうに見遣りながら廊下を歩いた。
「おはようございますッ」
「おぉう、名無しさんちゃん!おはよぉぉ!」
まだ5時だというのに食堂には既に働く人がいる。
西の海出身の陽気なコックさんと挨拶を交わし私はカウンターに入った。
「ベポのご飯だったねぇ?レシピはそこにあるから全部自分でやってみる?」
「うおっとッ…全部ですか。いや…頑張ります!」
料理が苦手な私だが今回は気合いを入れて作らねば。
何せベポは私のせいで怪我をしたのだから。
レシピを見ると…
トーストとオムレッツ。
「え…コックさん、さすがにコレ簡単すぎませんか…」
「名無しさんちゃーん、ノンノンだよぉ…この世に簡単な料理なんてないの!特にオムレッツ、難しいんだよぉー?」
「そ、そうですか…ハハハ。では頑張りますぅー。」
「うぅーす…臭ッ…!」
「はよぉぉーッす…ん?何だこの匂い…ボヤ?」
「あれ…何で名無しさんカウンターにいるんだ?」
もう時刻は7時を過ぎ朝食を食べにクルー達が焦げ臭い匂いが充満する食堂に顔を出し始めた。
そして私は額に冷や汗をかいていた。
まだ…私の目的は果たされていないのであった。
「あぁッ…駄目だッ!コックさんすいません…卵もう1個…」
「名無しさんちゃん…もうこれで終わりにしておくれ。次の島まで持たないから…」
「えぇぇぇ…じゃあこれが最後で…」
「べ、ベポおはよッ!あのねコレ、私が作ったんだ…食べてッ!」
「名無しさんありがと!嬉しいよッ、頂きます!」
もう8時になろうとしていたが話を聞いたベポは席に着いてからもその間何も食べずにずっと待っていてくれたのだ。
もう後戻りが出来ない私はおずおずとベポに見た目の悪いその茶色い自慢の手料理を引き攣る笑顔と共に置きそして逃げる様にその場を後にした。
しかし…カウンターに戻る際、シャチとペンギンさん…そしてトラファルガー・ローまでもが肩を揺らし笑いを堪えているのが目に入った。
「何か…笑えますか…」
私は立ち止まりそんな彼らをじろりと睨みながらぼそりと言った。
「いや…別によ、名無しさんは偉いなぁッて思ってよッ!」
「名無しさん、結果じゃなくその気持ちが大事だな。」
「クク…」
私はぐぐぐと拳を強く握りながらカウンターに入りコックさんに泣きついた。
「コックさん…オムレッツを馬鹿にしてすいませんでしたぁぁ…」
「ハヘヘヘ…まぁまぁ名無しさんちゃんドンマイだよぉ?料理が下手でも嫁にはいけるから。おいで、一息入れようか。」
コックさんに促されカウンター内の扉から廊下に出て壁沿いに置いてある木箱に腰を下ろし2人でコーヒーを啜り始めた。
「だからコックさん…私これでも海賊ですから。嫁には行けませんて…」
今だ落ち込み項垂れながら隣に座るコックさんを見遣った。
「何を言ってるんだい名無しさんちゃん、海賊は関係ねぇだろぉ?人は生きていれば誰かを愛しそして愛されるんだよぉ?」
「え…」
私はその言葉を聞き昨日のトラファルガー・ローを思い出し、自分が握るカップの中でゆらゆらと揺れるコーヒーに視線を落とした。
「昨日の名無しさんちゃんの武勇伝は聞いたよぉ。名無しさんちゃんの過去も勿論この船のクルーは皆知ってる。確かに男ってもんは馬鹿で単純な生き物だ。しかしな名無しさんちゃん…」
コックさんが珍しく至極真面目な顔で俯く私の横顔を見据え話し出した。
「人を愛する事を諦めちゃあ駄目だ。そして愛される事を恐れてもいけない。名無しさんちゃんは魅力的な女だ。だから嫌でも男が寄ってくるだろぉ?」
にやり…と口角を上げてコーヒーを1口啜り今度は正面の壁に目を遣ってコックさんは話を続ける。
「だから名無しさんちゃん、君はいつか選ばなきゃあいけないんだ。逃げずに自分の気持ちと向き合い、迷い苦しむんだ。相手の想いが大きければ大きい程な。」
「……」
私はコックさんのその言葉に小さく頷きながら同じく正面の壁を見遣った。
「アイツらはみんな本物の男だ。誰を選んでも名無しさんちゃんは幸せになるよ。後は君次第だ。だが名無しさんちゃんは…まず自分を知る事が先だなぁ?」
「そう…ですね…」
私はゆっくり立ち上がりにこりとコックさんに今朝のお礼を言ってからカップを戻しにカウンターへと戻った。
カウンター越しに見る3人の姿。
シャチは笑顔で他のクルーと大声で話をしている。
トラファルガー・ローとペンギンさんは真面目な顔をしてまた難しい話だろうか。
「私はまず…自分と向き合う」
コックさんの染みる話を胸に私は流しにあるお皿を自分の思考と共に綺麗に洗い始めた。
自分から逃げないという事
これがなかなか…難しい