《4》

□君の言の葉
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ワイワイ…ガヤガヤ…

一通り騒いだその後、酔っ払ってくだを巻くクルーに私は…捕まっていた。




「名無しさんはもっと雪を極めねぇとなッ…じゃなきゃ一人前のハートのクルーとは言えねぇ!」

「雪を極める…って、何をどうやって極めるの?」

「例えばな?雪の中で雪だけ食って1ヶ月生き抜くとかよ、高い山から後ろ向きにソリ乗ってマッハで滑るとかよ…」

「そ、それは…ただの死にたがりな人じゃ…」

「違ーうッ!俺達北の海の男ってのはな、そうやってまず雪を極めてやっと!一人前の男と認められんだよッ!」

「はぁそうですか…それは大変だ。」

よく分からないが取り敢えず頷く。

「だーかーらッ!名無しさんはまず、その格好でこの島一周走ってこい!そしたら少ーしだけ、お前の根性認めてやるッ!」

「は、はい?…ヤダヤダ、私は嫌だ。」

「だってお前よ、この旅が終わったらどうすんだ?俺達と一緒に北の海帰るんじゃねぇの?」

「あ、あぁ…うん…」

「だったら極めろ!なぁシャチ!」

「……」

「おい、無視すんなよッ…!」

「ハハ、いいよいいよ…」

さっきから気になる…シャチの態度。

決して私と目を合わそうとしない彼は、ずっと隣に座るクルーのほうに身体を向けていた。

それだけじゃない。
彼もだいぶ、酔っている…

「にしてもさすが雪神の島だよなぉ、女達も最高だった!」
「今日はどうする?このあと、行く行く?行っちゃう?」
「行くっしょッ!シャチさんも!」

「へへへッ!俺、初日ヘマしてその後外出禁止だったからよッ…今日が最後のチャンスなんだわッ!すなわち、ガンガンいくッ!」

「よッ!そうこなくっちゃッ!」
「やっと復活したな!」
「シャチさんが弾けないと、やっぱつまんないっすもんねッ!」

拳を掲げ笑い騒ぐシャチをクルー達は肘でツンツンと小突きながら囃し立てる。

「シャチは黙ってればモテるのになぁ…!」
「そうそう!女はやっぱ船長とかペンさんみたいなクールな男がいんだろ?な、名無しさん?」

「…へ?」

そんな話を…私に振らないで欲しい。

「あぁ…ハハハ、どうだろね…」

「俺はどんな時でもモテんだよッ!女なんてな、チョロチョローって弄ればすぐに脚開くんだッ!」

「「「ぶわはははッ!」」」

下世話な話ばかりで…
そろそろ、限界だ。

「じゃあシャチよ、あのカウンターにいる女2人、声掛けて此処に連れて来いよッ…」

「あ…?」

チラリ…
私も含め、みんながそこを見遣る。

その目の先には、綺麗に着飾った若い女の子が2人。

「余裕ッ…お前ら、後で金払えよ…?」

ニシシとシャチは笑った。


…もうこれ以上、
此処に居たくない。


「ふぅ…」

ガタリ…
シャチが腰を上げる前に、私はそっと席を外そうとした。
すると、

「名無しさんーッ?」

今まで黙って飲んでいた、シャチと一番仲のいいクルーが突然私を引き寄せ膝の上に横向きに乗せた。

「へ…?」

「お前のその格好さぁ、すっげぇムラムラする…今日、俺の相手してよ。」


「「「「………」」」」


突然の言動に
しん…と静まるクルー達。

「な、何…?」

「名無しさんはどんな体位が好き?攻められるのがいい?それとも意外と、自分から上乗って腰振るタイプ?」

「……」

「俺の口に咥えながらさ、自分の指でイって見せてよ。そしたらお前のおねだり全部聞いてやっから…どんな事して欲し?」

唖然とする他、どうすればいいのか分からない。

「やめ、てよ…」

それでも彼は構わず私の脚にゆっくりと手を這わせてきた。

「…コイツらほっといてさ、早く宿行って一緒に風呂入ろ…裸のお前、舐めて遊びたいから…」

クルーはそう言って、戸惑う私にキスをしようと顔を近づけた。
と…その時


ガシャーンッ‼


酒瓶がテーブルの上で砕けた。
次に

ガツッ…‼

シャチがテーブルを飛び越えクルーを私から引き離し殴り掛かった。


「触んじゃねぇ…」


酒がボタボタと床に滴り落ちる。
彼のつなぎにもそれが滲む。

ガシリと胸ぐらを掴み上げられたクルーはしかし口角を上げた。

「俺が触って何が悪い?」

「コイツを下種な目で見んな…」

「お前にはもう関係ねぇ女なんだろ?」

「下卑な言葉を言うな…」

「未練たらしんだよ…!」

ガツッ…‼

今度はクルーがシャチを殴った。

ガタガタガタッ‼

椅子と共に床に崩れ口端から滲み出た血を親指で拭ったシャチを、クルーは冷たく見下ろしながら更に捲し立てる。

「ビビッてんじゃねぇぞ…シャチ…!」

「…あ?」

「無様に足掻くのがお前だろ…!それがお前の生き様じゃねぇのか、あぁ?!」

「何…言ってる…」

「惚れてんだろが!諦めらんねんだろが!…ならコイツにそう言え!叶わなくても追い掛けろ!自分に嘘をつくんじゃねぇ…!」

「……」

「失うもんなんか何もねぇくせに…明日死んで後悔するような生き方すんじゃねぇよ…!」

ガシャンッ…!

滾る胸の内を吐いたクルーはグラスを床に叩きつけると

「名無しさん…ゴメンな…」

苦く微笑みながら私の頭をポンと叩き、店を出て行った。


「「「「………」」」」


そこにいる誰もが暫くの間、床に散る鋭利な破片を見つめたまま動かなかった。

「だ、大丈夫か…シャチ…」
「あいつ、お前の事ずっと心配してたからな…」
「後でゆっくり、話し合えば…」

クルー達はシャチに手を差し出す。

「うっせぇ…」

しかしそれを払い除けフラつく足を立たせた彼…そして、
ただ呆然とその様子を見ていた私。

「……」

「……」

2人の視線がやっと…絡まった。


「ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁッ…!!」


すると突然、シャチは雄叫びを上げて

「名無しさんーーーッ…!!」

声を振り立て私の名を叫んだ。

「……」

突っ立ったままの私を見据えたシャチは自分のではないグラスを掴みその中に揺れる酒を一気に飲み干す。

そしてガタン!とテーブルにそれを置くと汚れた手をつなぎで払ってからゆっくりと私の頬へ、その手を伸ばしてきた。

「名無しさん…」

「は、い…」

それはまるでしゃぼん玉にでも触れようとするかの様な
何かに怯え、震える指。

「俺、は…」

彼は言葉を紡ごうと一度大きく息を吸った。
が、しかし

その手が、言葉が、
私に届く事はなかった。
何故なら…

「宿に戻れシャチ…」

ペンギンさんが彼を
止めたから。

「お前はもう少し自重する事を学べ。」

一瞬ピン…と空気が張り詰めた。が、

「あ、あぁ…そうだな、悪りぃ…」

シャチはペンギンさんから目を逸らし帽子を深く被り直すと、項垂れながら店を出て行ってしまった。


「お前ら此処片付けろ…名無しさんは、こっちだ。」

足元に散らばる料理。
大好きな肉巻きチーズも無惨に潰れ酒に浸っていた。

「あぁあ…もったいね…」
「とっとと片付けて、飲み直そうぜ…」
「おい、店主!モップ貸してくれ!」

ダラダラと片付けを始めるクルー達の姿を、唇を噛み締めずっと見据えていた私は…

「名無しさん、何を考えてる…」

ゆっくりと歩み寄って来たペンギンさんから逃げるように

…店を飛び出した。

























「シャチ…!」

ハラハラと雪が落ちる音だけが耳につくやけに静かな夜の中。

輪郭のぼやけるつなぎの背中を追い掛ける私は振り返ってくれない彼の名をひたすらに呼び続けた。

「シャ、チ…ッ」

ボフリッ!

自分の足に絡まり転ぶ。

「待って…、…待って、よ…」

コートなんて着ていない。
素肌に張り付く冷たい痛みに顔を歪めながらそれでもまた立ち上がり走り出す。

「…シャチッ!」

そしてやっと掴んだ白い袖。

「……」

「……」

でも、何を言えばいい。

自分の行動の意味が分からず固まってしまった私に足を止めた彼はすると前を見据えたまま言葉を紡ぎ出した。


「お前よ…」

「……」

「雪神を、信じるか…」

「え…?」


そしてゆっくりと振り返りポケットから何かを取り出す。


「今朝、夢を見た…」

「……」

「お前を…泣かすな、と…」

「あ、あぁ…」


思わず口に手をあて声を漏らした。

だって彼の手のひらに…
水色の雪の結晶の…ペンダント。

「目が覚めてベランダに出たら…雪と一緒に空から降ってきやがった…」

淋しいあの子の不思議な優しさ
途端ぶわりと涙が湧き上がる。

「コレ、付けても…いいか?」

コクリと頷いた私の涙を拭ったシャチはそれをそっと首に飾ると、白い息を吐きながらぎゅうっと強く抱き締めてきた。


「俺よ…」


「う、ん…」


「お前を、嫌いになれねぇんだ…」


彼の言の葉は


「お前以外…無理、なんだわ…」


いつも甘く、切ない。


「ぐぅ…ちく、しょう…ッ…」


肩を揺らし涙する
そんな男を私は生まれて初めて見た。

そして、そんな彼を堪らなく
愛おしいと…思った。

























「キス…して、下さい…」
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