《4》

□雪だるま
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「船の整備は万全だっすッ!ログも夕刻前には貯まりますから全て予定通りだっすッ!グワハハー!」

造船所に向うとペンギンさんと私は厳つい船大工にドッグへと案内された。





「うわぁ…!何か、凄い懐かしい感じですよねッ…」

4日振りのハートの船。

「フフ…やっぱり落ち着くな。」

笑顔で見上げたその黄色の船体は、心なしかツヤツヤと輝いて見えた。

「他のクルー達は?夕方まで戻って来ないんですか?」

「いや、奴らも買い出しが終わり次第船に入るだろう。お前は荷物を片付けたら操舵室だ。」

「はぁーい。じゃ、置いてきます。」

私は船内への梯子に手を掛けた。
と、その時

「これはこれは、お早いですね!」

小さいオジサンがやって来た。

「世話になった。出航準備で先に船に入るが、船長が戻ったらまた挨拶に行かせてもらう。」

ペンギンさんは男と握手を交わす。

「どうぞどうぞ、気になさらず!二人きりの船内ってのもコレまた燃え上がりますからな!いやぁ、若いっていいですねぇ…ナハハッ!」

「……」

相変わらずギラギラとこちらを見遣られ私は内心イラッとした。

「しかしもう一日ログがずれていれば、年に一度の雪祭りをゆっくり楽しんで頂けたんですがねぇ…すなわち残念!」

「あの、ペンギンさん…私先に行ってますね。」

胡散臭い男を無視してまた梯子を登ろうとする、と

「あ、お嬢さん!ちょっとお話が…!」

「…はい?」

また…?と少し面倒臭そうに振り返る。

「何ですか…私、忙しいから…」

「いやいや、あの…」

すると、急に真面目な顔になった小さいオジサンは私に歩み寄ると、まじまじと顔を覗き込みながらムギュッと手を握ってきた。

「げ……」

「おい、何のつもりだ…」

すぐにペンギンさんがその手を掴む。

「あぁ、いや!すいません!変な事は何も…ただちょっと、お嬢さんのその目の傷が気になりまして。」

「目…?これが、何か?」

私達は顔を見合わせてから小さいオジサンの話を聞く。

「貴方、雪神を…信じますか?」

「え…?」

…シャチも昨日、私に同じ事を言った。

「うちの婆さんも昔、貴方の様に目にしもやけを作って帰って来た事がありましてね…理由を聞けば雪神に会い、殺されかけたと…」

「は、はぁ…」

「たまーに、姿を現すらしいんですわ。噂によると、人の心の穴を見つけた雪神はその人間を攫い雪にして、それをまたこの島に降らせる、と…それはそれは恐ろしい話です。」

「はい…」

「確かにこの島は雪神に守られている…がしかし今ではもう若い人達の中には雪神の存在を信じる者も少なくなってしまいましてね…まぁ、戒めの作り話かとも思うんですが…」

「……」

「貴方が本当に雪神に会ったのだとしたら…よくまぁ、ご無事で…」

「あの…ちょっといいですか?」

私は言葉を返す。

「この島の雪神がもし、貴方の言う様に恐ろしいものだとしたら…」

「……」

「私は雪神には会ってません…」

「いや、あの、しかし…」

「すいません、もう行きます。」

ジロリ…鋭く睨み背を向けた私に、小さいオジサンは汗を拭った。










夕刻前、牡丹雪がまた島に降り始めた頃
クルー達が船に戻ってきた。

「全員、食堂に集合ーッ!」

白いつなぎに着替え既に操舵室で仕事に取り掛かっていた私も、急いで食堂に向かう。

「お疲れ様でーす。」

中に入ると

「来た来た、名無しさんッ!」

突然クルーに手を引かれ

「え…?」

「おぉぉぉッ…!?」

同じくクルーに捕まり羽交い締めにされているシャチの前に立たされた。

「お前らよ、昨日あの後どした?」
「俺達に迷惑掛けたんだから、ちゃんと報告しなさいッ!」
「まさか…まさか…まさか?」

ニヤニヤと私達を交互に見遣る。

「黙れぇー!てめぇらッ!離せッ…コラッ!」

帽子もサングラスも奪われ3人掛かりで押さえ付けられているシャチは暴れながらもしかし私を見ようとはしない。

「よし…口を割らない強情なお前には、こうしてやろうッ…おい、しっかり押さえとけよッ!」

クルーはニヤリと口角を上げると

「ぎゃあッ…!」

後ろ手に拘束した私を無理矢理シャチの目の前に差し出した。

その距離約30cm。

「……」

「……」

嫌でも視線がぶつかった私達は…

ボッ…!!

2人して顔から火を噴いた。

「「「ぶわははは…!」」」

「分かりやすッ!」
「お前ら思春期かッ!」
「微笑まし過ぎるぞこのヤロッ!」

「あ、あの…」

みんなに笑われながらも、昨日のキスを思い出し熱くなった身体。
恥ずかしくてどうしていいかの分からない思考。

「離して…」

シャチを前にして戸惑う自分に戸惑う。

「名無しさんッ…お前、シャチに惚れた?」
「よッ!恋する乙女!」
「いやぁッ…めでたいめでたい!」

クルー達に煽られた私は真っ赤な顔のまま泣きそうになり俯いた。

「てめぇら…ブッ飛ばすぞ…」

そんな私に気付いたシャチは恐ろしく低い声を発すると

「ぐぅりゃあぁぁぁ…ッ!!」

「「「うがぁ…ッ!!」」」

クルー達をまとめて背負い投げそしてボカスカと殴る蹴るの暴行を加え始めた。


「おい、席に着け」


そんな騒がしい食堂に響いた声。
トラファルガー・ローとペンギンさんがやって来た途端、クルー達は蜘蛛の子を散らしたかの様にバラバラと自分の席に戻る。

「2時間後に出航、今夜は全員徹夜だ、朝まで持ち場を離れるな。以上。」

「「「「うーっす…」」」」

ガタリ…
ペンギンさんからの短い話を聞き終えまた操舵室に戻ろうと腰を上げる、と

「名無しさん…」

シャチが後ろから声を掛けてきた。

「あ…」

振り返った私は思わずまた顔が赤くなり目を伏せる。

バクバクと暴れ出す心臓。
…でも


「昨日の事、なんだけどよ…」


「う、ん…」


「忘れてくれ…」


…え?


「女に同情されるなんて、情けねぇ話だよな…へへ、悪かったな。」


彼は私から目を逸らすとボサボサと頭を掻きながら食堂を出て行った。

「……」

今、私は彼の言葉に一体何を期待していたのだろうか。
そして

「…同、情?」

…『同情なんて、アイツを傷付けるだけだぞ』

私は同情で、彼とキスをしたの?

「違う、でしょ…?」

まるで今朝見た崖から突き落とされたかのような衝撃に傷付く事を恐れた私はそっと、自分の心に…蓋をした。




















「出航ーッ!!」

船は帆を張り波を掻き分け動き出す。

私は操舵室でペンギンさんと海図の整理をしていた。

「あの小さいオジサンって、何で寒いのにいっつも汗かいてるんですかね…!まったくッ。」

苛々の矛先を何故か小さいオジサンに向けながらブツクサと作業していると、ペンギンさんが苦笑いをしながらこう言ってきた。

「最初に言っただろ?ちんけな男だと。」

「はい…?」

「あの男が、造船所を仕切るロート・ロッティ…アークナス島では一番の実業家で、島民の人望も厚い。あれでも次期市長候補だぞ?」

「へッ…!?あ、あの小さいオジサン、が…?」

確かに彼から話は聞いていたが…

「あ、あれ…じゃあ、まずかったですかね…?ちゃんと、欺けてました…?」

すると、

「フフ…予想以上のお前の悪態は、船長の言う通りまさに傑作だったな。」

「は…?」

「そもそもアークナス島は至って平穏な島だ。お前が変装する必要も、誰かを欺く必要も、全くない。」

「……」

言ってる意味が、分からない。

「娼婦の格好をするっていう計画はな、クルー達が考えた、まぁ…いわゆる、罰ゲームみたいなものだ。」

「ば、ば、罰…?」

「ビルジーグ・ガロンの一件、ポルドでの足止め…一度みんなでお前を懲らしめてやろうと…」

「……」

「なかなか好評だったぞ?ぎこちない娼婦。」

思いもよらぬ言葉に

「…ですよねー?私も薄々気付いてましたーなんてッ…!ハハハッ…」

「フフフ…だな。」

私はヒクヒクと顔を引き攣らせながら何故かペンギンさんとハイタッチをした。


それから暫くすると…

「おーい!花火見えるぞッ!手が空いてるヤツは甲板に出てもいいってよッ!」

クルーが笑顔で駆け込んで来た。

「花火…」

ウズウズ…
見たいけどでも仕事が…

「…行っていいぞ。」

明らかにソワソワする私を見てペンギンさんはふわりと微笑む。

「え?いいんです、か…?」

「冬の花火は滅多に見れない。」

「ありがとうございます!」

私は彼に一礼して、甲板へ駆け出した。










ドンッ…ドドンッ…!

外に出ると身体の芯まで響く低音。

「わぁぁぁ…!」

夜空に舞う雪をも照らす色とりどりの美しい光。

「冬の、花火か…初めて見た…」

手摺りに凭れまるで子供の様にポッカリと口を開けて見遣ったそれは、寒さに悴む鼻と指の先をジンと温めてくれた。

「……」

しかしぼんやり…その音と光は少しずつゆっくりと、霞んでいく。

「おい、見ろアレッ!」
「すっげぇ…!さすが雪神の島の雪祭りだなッ…」
「けど、どうやって作ったんだろなぁ…?」

すると、同じく甲板で花火を見ていたクルー達がザワザワと騒ぎ出した。

「…ん?」

つられてそこに目を向ける、と…


「あぁ…あれ、は…」


花火に照らされ浮かび上がるのは
ローザ山に並ぶ、大きな大きな
…雪だるま。


…『あの山とおんなじくらいの雪だるま作った事あるもん!』


今度見せてねとあの時、言った
もう一つの約束を私は思い出した。

「ハハハ…凄い凄い!」

ケラケラといたずらに笑うあの子を思い浮かべ自然と笑みが溢れる。

「力持ちだね…。どうやって上に乗せたの…?」

…そこは極寒の冬島、アークナス島。

赤い目に導かれ迷い込んだ雪の世界。

あの子は雪神の使いか
それとも本当に雪神そのものか…

しかし、そんな事はどうだっていい。

だって私が手を伸ばし追い掛けたあの子は

…淋しがり屋の可愛い可愛い雪うさぎ。


「ピョンピョンッ…」


水平線に呑み込まれていく小さな友達からの素敵な贈り物に
私はずーっと…手を振っていた。

























…『じゃあねー!バイバーイ!』
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