《1》

□キャスケット帽と防寒帽
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「海賊船発見‼直ちに戦闘準備‼」

太陽が水平線へとその姿を落とす頃、部屋の外が急に騒がしくなった。





「海賊、船…?」

窓も時計もない部屋に長い事閉じ込められている私は外の状況を知る術など持たず、ただ訝しげに顔を上げる。

この船に乗せられてから一体どれ位経ったのだろう…それにしてもこんな事態は初めてだった。

まさか、これから戦闘が始まる?私はこの部屋にいて大丈夫なのか?誰か私を安全な場所に誘導してくれるのだろうか?

こんな所に閉じ込められたままもし海賊なんかが乗り込んできたら私、逃げ様がないでしょ。

「いや、大丈夫か…」

しかし、私はまた余裕の態で読み掛けの本に目を落とした。

そう、ここは海軍の船の一室。だからそう簡単に賊が船内まで踏み込める訳がない。逆に言えば偉大なる航路に居ながらにして一番安全な場所であろう。

…ガシャン‼ ガシャン‼
金属がぶつかり合う音

…バン‼ ババババ‼
鳴り響く銃声

どれ位続いていただろうか。ある時ふと、けたたましい雑音が途切れた。

「静か…」

漠然とした不安がふつふつと湧き上がる。キン…と耳が痛い程の静けさがまるでこの船が海賊によって堕とされた事を事実としているかの様で。私はゆっくりと本を閉じて扉の向こうに全神経を集中させた。

「いやいやいや、ないでしょ。」

無理矢理に一人ごちて敢えての平静を装い再び本を開こうとした、その時…


バタンッ‼


聞こえてきたのは、勢い良く扉を開ける音だった。


バタンッ‼


「な、何…?」


バタンッ‼


その険しい音は遠くから徐々に此方へ近づいてくる。一つ一つ部屋の中を確認しているようだ。

…ゴクリ

もし、もし本当にこの船が海賊に堕とされたのだとして…海軍の猛攻をすり抜ける程の相手に私が1人立ち向かったところで、当たり前だが勝ち目などない。

がしかし、ここから逃げ出す希望も同時に見えてきた。


バタンッ‼


「どうする…」

目下あるのは、2つの選択肢。

【海軍】か【海賊】か

この部屋を開けた人物が海兵であれば、私はまた絶望と共にベッドに腰を下ろして本を読むのだろう。問題はもし海賊が扉を開けたのであるならば…

「ここから、出られる…?」


バタンッ‼


ビクリと肩が揺れた。すぐ隣の部屋の扉が開かれたのだ。私は急いでタンスの引き出しから愛用の黒いニット帽を掴み取り、長い髪を押し込みながら目深に被って扉の横に立ち、息を殺した。

ガチャ

とうとう来た。だが…

ガチャガチャ

「…っ」

この部屋には鍵が掛けられている。しかも鍵は外鍵で私にはどうする事も出来ない。

「…チッ」

すると扉の向こうから舌打ちが聞こえ、そして…


ガダダダンッッ…‼


分厚い石の扉が蹴り破られた。それと同時に視界の端に捉えた男が海兵でないと瞬時に解し、相手の死角に位置していた私はその横腹に渾身の…蹴りを入れた。

「ぶぉっっ‼」

男は横腹を押さえながらグラリと傾き倒れかけた。が、寸でのところで片膝を床に擦り状態を保った。

「……っ」

「…ぐ…っ」

白いつなぎにキャスケット帽を被るその男の様子が、まるでスローモーションの様に脳内へと映り込む。

今、竦んでる場合じゃない
とにかく、逃げなきゃ…

視線が交錯する寸前に、私は勢い良く部屋を飛び出した。

「てんめぇっ…!」

男の怒号が人気のない船内に響く。そして振り返る事なく走る私に男は自身が蹴り倒した扉の破片を躊躇なく投げ付けてきた。

ガランっ‼

「ぐぅっ‼」

男の投げたそれが足に絡まり私は床に倒れ込んだ。咄嗟に受け身を取ったものの、反動で右の頬を床に擦り付け口内にじわり…鉄の味が広がった。

しかしすぐにまた上体を起こして走りだそうとしたその刹那、今度は背後に殺気を感じて咄嗟に自分の足に絡まり付いたであろう棒状の石の欠片を握り振り返った。

こいつ…速いっ!

ガギン…ッ‼

「んんぐっ…‼」

その石の棒はキャスケット帽の男が振り下ろすダガーを受け耐えるが、私を立ち跨ぎ上からギリギリと押し付けられる重みは想像以上で、鈍い光を醸しながら首元へとジリジリ近付いてくる。

「諦めろや…」

低い声とサングラス越しに見る酷く無感情な男の目に慄くも、上手く入らない力を必死で繋ぎとめていた。

「いや…だっ」

「あぁ?」

「い…いやだぁぁっっ‼」

最後の言葉と同時に、膝立ちで跨がるキャスケット帽の男の股間目掛け、2回目の渾身の蹴りを……ぶち込んだ。

「ぐぉぉぉぉぉっっ…‼」

「ご、ごめんなさい…!」

この人まだ若そうだけどもしかしたらもうそれは使い物にならないかもしれない…なんて余計な事にまで思いが至り思わず謝罪の言葉が口から漏れた。

でも自分の身は自分で守る、これはこの海で生き抜く最低限の強さなのだ。

最後の力を振り絞ってまた立ち上がった私は甲板を目指して踵を返した。が…

「動くな」

ガチャリ…

私の
眉間に
冷たい
銃口

途端思考が停止した。でもそれは殺される恐怖からなどではなく、いつの間にかすぐそこに立っていたもう1人の男から体温を全く感じなかったからだ。

「シャチ、起きろ…」

キャスケット帽の男と同じく白いつなぎを纏い、防寒帽を目深に被ったその男は私を見据えたまま悶絶するシャチという男に声を掛けた。

「……」

「……」

私は目を逸らす事さえ許されず、銃口を当てられたままの長い沈黙を耐える。

「このっ…クソガキ!」

「つっ…!」

その沈黙を破ったのはシャチだった。彼は先ほどの仕返しとばかりに突然後ろから私の足を蹴り払ってきたのだ。

私の身体は一瞬宙に浮きそのまま腰を打ち突けて着地した。その際突いた左手首にズキリと鋭い痛みが走り思わず顔を歪め前のめりに蹲る。

「いっ…つ…っ!」

「おいおいおい…お前さん一体何者だ?覚悟出来てんだろうな…」

彼はそう言うと私の正面に腰を下ろしグイと顎を掴み上げて視線を絡ませ、白い歯を見せてにっと笑った。

「いくらケツの青いガキでも舐めた真似してくれちゃあ容赦しねぇぞ?」

そして手に持つダガーを私の首に押し当てて少しずつ確実に…頸動脈を圧迫し始める。

「何か最期に言う事は?」

「……」

「そうか、なら俺から啓上してやろう。次また生れてきた時は…もっと強い男になれよ…な?」

私の無言にシャチは自己完結の言葉を紡いだ。

「無謀とは…弱さだ…」

私はその言葉に頷いて…
殺してくれと目を閉じた。


「…待て」


すると、傍で私達の様子をじっと見ていた防寒帽の男が口を開いた。

「シャチ、お前さっきから何か勘違いしているようだが…」

「あぁ…?」

言いながらその男は私の前で腰を下ろすと、腕を伸ばして私の頭上で指を広げ、

「こいつは…」

黒いニット帽をすっと掴み上げた。

「…女だ。」

その瞬間、帽子に押し込んでいた私の長い髪がふわり…自由を得た。

「げ…っ?!お、女…??」

「お前の目は節穴か馬鹿…」

「い、いや…だって…」

「先入観は身を滅ぼすぞ…立て。」

最後の一言は私に向けられたものだったが、今だ痛みに顔を歪めてなかなか動けずにいる私をすると半ば強引に引き上げた男は変わらずの冷淡な声色で言葉を続けた。

「この船はじき沈むが…お前はどうする?」

「うっ…ぅ…」

酷く混乱する思考を何とか落ち着かせながら、私は痛みを余所に奥歯を噛んで低く答えた。

「私、は…海賊船には…乗らない…」

「そうか、分かった。」

ガツッ…‼

「っ‼…」

何が起きたのかは分からなかった。ただ防寒帽の男が一瞬微笑んだように見えたその後、首の後ろに衝撃が走りそれと同時に頭が真っ白になった。

























…全ての始まり

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