《1》

□白い帽子と白いクマ
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ぼんやりとした薄い意識を辿っていくと少しずつ視界が広がった。

「んん…」

ここは何処だろう…良く分からない。何より物凄く気怠い。出来ればずっと意識を手放していたかった。が…

「いっっ…‼」

突然左手から鋭い痛みが走った。顔を歪めながらそちらに目を遣る。

と、視界に入ってきたのは…男

その男はモコモコの白い帽子を被り、目立つ黄色と黒のパーカーを纏っている。細身で長身だが腕と指には厳ついタトゥーが見て取れた。

そして何より眼の下の隈が酷く印象的であった。

「い、痛っ‼…」

再び走った激痛に身体を揺らし私はその男を睨みつけた。しかし男は気に留める様子もなく私の左手首に慣れた手つきで包帯を巻き付ける。

「折れちゃいねぇからいちいち喚くな。ヒビが入ってるだけだ、暫く固定して動かすな」

その威圧的な声色にどうやらここは病院ではないという事と彼は医者ではない…という事だけを瞬時に解した。

包帯を巻き終わった白い帽子の男は道具を箱に仕舞い壁際の机の上に置いて傍の椅子に深く腰掛け暫く私を見据えた後に唐突にこう口を開いてきた。

「で?」

「え?」

思わず私も間の抜けた顔で疑問形の声を発してしまう。だって見ず知らずの男に突然Wで?Wと話し掛けられてWそれはですね…Wとスラスラ話せる人がいたとするならば、その人は物凄いコミュニケーション能力の持ち主であろう。

「名前は」

「名無しさん…です。」

「何故海軍の船にいた」

その言葉に記憶が蘇る。

…そうだ私は海軍の船にいてそしてそこに海賊が来たのだ。

「あの…此処は…」

「質問に答えろ」

目を逸らさず私を見据える男の空気は酷く重くて厚い。何だか頭痛がしてきた。戸惑いながらも私は懸命に答える。

「何故…かはよく分かりません。突然海軍が来て連れて行かれたんです。でも別に悪い事をして捕まった訳じゃないです。ただ、協力して欲しいと言われて…」

「協力?心当たりは」

「…いいえ。」

「船にいた期間は」

「多分…2週間位…です。」

「その前は何処にいた」

「ジャカル島です。」

「…分かった」

言うなり白い帽子の男は椅子から立ち上がり扉へと歩き出した。

「あ、あの!此処は何処ですか?」

私は宙に浮いたままだった質問をもう1度投げ掛けてみた。すると男は足を止め口端を少し上げてゆっくりと振り返る。


「俺の船だ」


そう一言だけ残し再び扉へと向かいそのまま部屋を出て行ってしまった。

するとそこで、扉の横にいたもう一人の男と視線が交錯した。

「……」

「……」

壁に凭れ腕を組みこちらを見据えていたその人はしかし直ぐに白い帽子の男に続いて扉の向こうへと姿を消した。

「あの人…」

その男には見覚えがあった。何故ならあの時、私は一度あの男の冷たい空気に負けたから。

白いつなぎに防寒帽
そして体温のない男

だが結局自分の置かれている状況は何一つ把握出来ないまま私は一人部屋に残された。

周りを見渡すと窓が一つだけある殺風景な部屋。ツンと鼻につくのは薬品臭か、ガラス扉の棚には様々な薬が綺麗に並んでいる。窓からは眩しい太陽の光が斜めに差し込み、手前の大きな机の上に窓枠の影を作り出していた。

次に自分の姿を確認すると病院の患者服の様なものを着ていて左手の包帯はとてもきれいに巻かれ、右頬にはガーゼが当てがわれている。

腕には小さなすり傷が沢山あり首筋を触るとあの時ダガーを当てられた薄い傷がピリッと痛んだが既に血は固まってた。

鑑みるに、此処は白い帽子の男の船で一緒にいた防寒帽の男は海賊でそれはすなわち私は今海賊船にいる…という事か。

「……」

ぼんやりと思考を巡らす。私はこれからどうなるのだろう。海賊に捕まった事は明らかで。此処から逃げ出す事は出来るのだろうか。

「また海賊船に、乗るなんて…」

思わず深い溜息が漏れた。

私を助けに来る人なんていない事だけが…確かな現実であるから。

そういえば此処が白いつなぎの海賊達の船だという事は、あのキャスケット帽の男もここにいるという事か?思いきり股間に蹴りを入れた私を彼は物凄く怒っているに違いない。

やはり早いとこ逃げたほうがいいのではないかと考え至り、痛む身体を起こして素足のままベッドから立ち上がった。

その時

コンコンコン

ガチャ…

どきり…控え目なノックの後、扉が開き誰かが中に入って来た。

訝しく見遣るとそこには白い…

「…クマ??」

「あれ?もう起きていいってキャプテン言ってた?」

「…へ?」

「お腹空いてるでしょ?ちょっと早いけど一緒に昼飯食べよ!」

白いつなぎと同じデザインのしかし鮮やかなオレンジ色のつなぎを着たその白クマは、笑いながら私をまたベッドに座らせると食事の乗ったトレイをはいと手渡してきた。

そして彼もドサリと椅子に腰掛けて、山盛りのご飯を食べ始めた。

何だか、可愛い…

むしゃむしゃとパンを口一杯に頬張るその白クマの穏やかな雰囲気に緊張の糸がゆるりと解かれ、確かに少しお腹が空いていた私も恐る恐るご飯に手を付け始める。

「名前何て言うの?オレはベポだよ、よろしくね!」

「あ、えっと私は名無しさんです。」

「名無しさんかぁ、可愛い名前だね!」

「いえ…ベポさんこそ可愛い名前ですね。」

「アハハ、ありがとう!ベポでいいよ。あと敬語もやめよ!」

「う、うん…ハハ。」

ついつい今の自分が置かれている状況も忘れどれくらいぶりだったか頬が緩んだ。何て事ないおしゃべりをしながら食事を進めていく中で、私は思い切ってベポに聞いてみる。

「あのねベポ、どうしても聞いておきたいんだけど、私は助けられたの?それとも…」

女が殺されずに海賊船に乗せられるという事はつまりは…そういう事だろ。

「え?だって名無しさんはキャプテンに治療して貰ってるでしょ?キャプテンは殺すならその場で殺すし、後で捨てるつもりなら倉庫に閉じ込めるんだよ!」

「え…」

可愛い容姿からはだいぶかけ離れた物騒な発言ではあったが、今すぐどうこうされるという事ではなさそうだと理解してみる事にした。

「御馳走様!」

「御馳走様でした。」

ご飯を食べ終わったベポは軽くなったトレイを手にモフリと立ち上がった。

「じゃあゆっくり休んでて!夕飯もまた持ってくるからね。その後にキャプテンとこ行こうね!」

「キャプテンの、所…?」

「うん…あれ?後で船長室に来る様にってさっき言われなかった?」

「……」

船長室…という事はあの白い帽子の男の部屋か。嫌だな、もしかして尋問されるのかな。

また脳内に不安の膜がジワリと広がる。そんな私の表情を窺ったベポが敢えて明るい口調で言葉を続けた。

「名無しさん、大丈夫だよ?怖がらないで!キャプテンはちゃんと名無しさんの事考えてるから!」

「え?う、うん…」

可愛いベポはモフモフと私の頭を撫でてからその黒目をキラキラと輝かせ部屋を出て行った。

























…変化

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