《1》

□藍色の瞳
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その日の晩、部屋で夕食を済ませた私は重い踵を引き摺りながらベポに連れられ船長室へと向かった。

コンコンコン

「キャプテン、連れて来たよ!」

「…入れ」

扉の向こうからは白い帽子の男の低い声が聞こえてきた。

ガチャ

「名無しさん、入って。」

「し、失礼します…」

ベポに促され船長室へと足を踏み入れると途端、この部屋独特の重苦しい空気に押し潰されそうになる。私は何とか顔を上げ白い帽子の男に目を向けた。

見れば男は大きな背凭れのある椅子に座り机に向かって分厚い本を読んでいる。何の本だろうか…随分と古そうだ。

「……」

そしてその傍らには腕を組み佇む防寒帽の男の存在。彼はまた目深に被る帽子の奥からこちらを見据えている。

「お前…俺が誰だか知ってるか」

本に目を落としたまま唐突にそう聞かれ、私はぎこちなく小さな声で答えた。

「い、いえ…」

白い帽子の男はするとバタンと本を閉じ、ゆっくりと椅子の向きを変え視界の正面に私を捉えるとニヤリと口角を上げながらこう切り出す。

「随分と勇ましい様だか…武術は何処で覚えた」

「…武術?」

「うちのクルーに仕掛けたんだろ?」

男は更に口角を上げた。私は刹那防寒帽の男に目を遣るが彼は無表情のまま全く動じない。

「いえ…、武術と言うより…私はただあの船から逃げようと…」

「何処で覚えた」

「……」

「どうした、答えられないのか」

しつこいな…

私は少し苛立ちを覚えた。何故なら過去に関しては出来れば詮索されたくない。今まで散々、それをひた隠しながらジャカル島で生活しその暮らしにもやっと馴染んでいたのだから。

それなのにこの白い帽子の男は無遠慮に私に質問を投げ掛けてくる。

でもこのまま黙っていたからといって言いたくなければ言わなくていいだなんて海賊風情にそんな優しい展開を期待出来る筈もない。私は暫し逡巡した後、諦めて言葉を紡いだ。

「父が…海賊だったんです…」

「名は」

「スリーク・デロン…」

「その海賊である父親に…いつ教えられたんだ」

「え…?」

それは察するに、海に出ている筈の父にどうやって接触する事が出来たのかという事だろう。

「昔…父の船に乗っていた事があったんです。その時です…」

「今その船は」

「…いえ、もう昔に…海軍に堕とされましたから…」

それから暫く沈黙が続き、息が詰まりそうな空気にそろそろ限界を感じていた。その時、突然後ろから声が聞こえた。

「じゃあ名無しさんはスリーク・名無しさんっていうんだね!」

この重苦しい雰囲気の中ですっかり存在を忘れていたベポの無邪気なその声に肩を揺らした私は彼を振り返りこくりと頷く。

すると白い帽子の男はゆっくりと椅子から立ち上がり私の前まで歩を進め立ち止まると、グイと顎を掴み上を向かせて無理矢理視線を絡ませてきた。

「海軍がお前を捕まえたのには何か理由があるだろ。それが分かるまではここにいてもらう。船の中では自由にしていいが、これだけ言っておく」

「……」

「俺から逃げられると思うな。妙な真似をしたら…殺す」

男はそうとだけ言って私から離れると再び椅子に腰を下ろし分厚い本を開いた。

彼の瞳は何とも深く濃い闇を纏う不思議な藍色。思わず引き込まれそうな感覚に陥っていた私はその余韻にまるで背中に冷水が伝うかの如く身震いをした。

「名無しさん、行こうか!」

茫然と立ち尽くすそんな私の手を掴んだベポが部屋を出ようとした。がその手前、男は最後にもう一言だけこう告げた。


「俺の名は…トラファルガー・ローだ」


私の耳にその声が届いた事を確認するとベポは静かに扉を閉めた。

























…トラファルガー・ロー

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