《1》

□暗々裏の傷
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ベッドに横になりぼんやりと天井を見ていた。

あれからずっと考えてみる。


『お前、何故泣いている』


トラファルガー・ローの声が頭の中で木霊する。


「私は…何故…泣いたのか…」


泣きたくて泣いた訳じゃない。気付いたら涙が勝手に出ていたのだから。
島で暮らしていた時も私は1度も泣かなかった。


『泣きたい時は笑いなさい』


私にそう言っていた父は確かにいつも笑っている人だった。

自分が傷付いた時も仲間の死もそして私を船から降ろしたあの日だって父は笑って皆を安心させていた。
それが父の強さであり優しさだったのだろう。

この船は不思議な船だ。
私は利用される為にここにいるのに、何故だか心が緩むのだ。
きっとこの船と父の船を心の何処かで重ねているのかもしれない。そしてその事に心地良さを感じているのかもしれない。

「まだ1日しかいないのに。変なの…。」

自分でも良く分からないその思いに蓋をして、考える事に疲れた私は目をつぶり少し眠りにつく事にした。










次に目を覚ますと薄暮の迫る頃だった。

「えっ!もう夕方…?」

驚いた私はがばりと布団から上体を起こした。
その時…





コンコンコン

「名無しさん、起きてる?」

ベポが扉からそっと顔を覗かせた。

「ベポ」

「お昼食べてないからお腹空いたでしょ?夕飯食べよ!」

見るとベポの持つトレイからは美味しそうなロールキャベツの姿が見えた。

「そっか。ベポいつもありがと。今朝はごめんね、皆びっくりしてたでしょ?」

「名無しさんが大丈夫ならいいんだよ。オレ達は心配なだけだから。それより早く食べよ!冷めちゃうし!」

そう言ってベポは椅子に腰掛けトレイを1つ私に渡すと昨日と同じく山盛りのご飯を食べ始めた。
そしておしゃべりをしながらこの船の事も色々教えてくれた。

この海賊団はハートの海賊団でこの船は潜水艦である事、そしてこの船の船長トラファルガー・ローは懸賞金2億ベリーで悪魔の実の能力者だという事、クルー達はほとんどが北の海出身でキャスケット帽の彼はシャチという名前だという事。

話に夢中になり気付けば時計は8時を指していてベポはちらりとそれに目を遣った途端、突然大きな声を上げた。

「まずい!ご飯食べたら名無しさん連れて来るようにキャプテンに言われてたのに!名無しさん、行こ!」

「え?ま、また?」

そしてベポはまた凄い力で腕を掴み私を船長室へと連れて行った。










コンコンコン

「キャプテンごめん!遅くなっちゃった!」

「入れ」

ガチャ

私は一瞬部屋に入る事を躊躇した。
また質問を繰り返されるのだろうかそれとも今朝の食堂での事を説明しろと言われるのだろうか。

「名無しさん?入って。」

「あ、うん。失礼します。」

ベポに促され私は覚悟して船長室へと足を踏み入れた。

部屋に目を遣るとトラファルガー・ローは昨日と同じ場所で本を読んでいる。
ただ今日はペンギンさんはいない様だ。

「キャプテン、使っていいの?」

「あぁ」

2人の会話の意味が分からずにいる私をベポはまた引きずる様に船長室の奥の扉へと連れて行く。

「ベポ?ベポどうしたの?!」

ベポの事は大好きだけど部屋の奥へと連れて行かれる事に身体が拒否反応を示す。
するとトラファルガー・ローが舌打ちをしてから煩わしそうにこう言った。

「ただの風呂だ。いちいち騒ぐな。ベポ、説明してから連れてこい」

「アイアイキャプテン!ごめんね!」

「お、お風呂?」

何故わざわざ船長室のお風呂なのか何故ベポと一緒に入る事になってるのか分からないでいると…

「お前は一応女だから船の大風呂には入れねぇだろ。これからは夕飯前に来い。それに左手は固定されてて使えねぇんだからベポに手伝って貰え」

トラファルガー・ローは本に目を落としたままそう言い、私の頭の中で散らかっていた疑問を一掃した。

「すみません、ありがとうございます…」

私はペコリと頭を下げてからベポとお風呂場へと入って行った。









「わぁ!広いんだね!」

ベポとお風呂に入って私はびっくりした。思っていたよりも広い空間だったからだ。

「オレも入るの今日で2回目なんだよ!キャプテンはいいよねー!いつもこのお風呂独り占めなんだもん!」

軽く身体を洗い流してからまずはベポがその大きな手で私の頭をぐしゃぐしゃと洗い出した。
ベポは男の子だけど白クマだから混浴でも関係ないかなんて思いながら他愛無いおしゃべりに花を咲かせる。

「オレね、名無しさんにどうしても聞きたい事があったの!」

「え?なーに?」

湯船に入ってほっと一息つくとベポは新しい話題を切り出してきた。

「名無しさんさ、オレを初めて見た時あんまり驚かなかったでしょ?オレいつも驚かれるんだ。何で喋れるの?何で立って歩けるの?って。」

ベポは少ししゅんとしながら私を見た。

「あー、そっか…でもねベポ…」

「ん?」

「二足歩行で喋るクマはベポだけじゃないんだよ!」

「え?そうなの?」

私は少し得意気に話を続けた。

「実は昔、私にもクマの友達がいたんだよ。そのクマはアイリスっていって、二足歩行で喋る女の子のクマ!」

「えー?!メスのクマ?!」

「そうそう、メスのクマ!」

そうかベポは人間の女の子は何とも思わないけどメスのクマには興味あるのかなんて、ベポの新しい一面を見て私は何だか嬉しくなった。

「名無しさんはどうなの?」

「え?」

ベポは今度は話の流れを私に向けてきた。

「名無しさんは好きな人とかいないの?」

想定外の質問であった。
私はどう考えたって今まで人を好きになったり恋を楽しむ様な環境に身を置いた事などなかった訳で。

「私は好きな人なんていないよー。」

少し戸惑いながら私は笑って答えた。

「何で?名無しさんすっごい可愛いのに!名無しさんのその綺麗な翡翠色の目、オレ大好きなんだ!」

「本当?ありがと!でもほら、私は父の海賊船にいた訳だし、島で暮らしてる時も生きる事で精一杯だったから。今だってそうでしょ?」

「えー、でもー。」

ベポは納得いかないという表情で私を見つめていた。
少しのぼせた私達は湯船から上がり今度は私の背中をベポはタオルで洗ってくれた。

「じゃあこの船の中で誰が好き?」

「はい??」

再び投擲されたその質問に思わず私は素っ頓狂な声を出した。

「皆名無しさんともっと仲良くなりたいんだって!でもどうしたらいいか分からないって。緊張しちゃうんだってー。」

「え、本当?」

私は驚いた。

私と仲良くなりたいと思ってくれている…。
この船のクルー達が…。

「だからオレ皆に言われるんだ、お前だけずるいって!」

「そうなの?私、何か嬉しいな。私も仲良くなりたいな…」

「で、名無しさんは誰が好きなの?」

「え?いや…だからベポ、私そういうのは…」

何て言えばいいのか困ってしまい苦笑いをしてベポを振り返る。
と…

ベポは驚いた顔をして固まったまま私の背中の下のほう、そう私の腰を凝視していた。

「名無しさん、これ…」

ベポは私の腰にある、ある物の存在に気が付いたのだ。

「…名無しさんタトゥー入れてるの?」

「あぁ、これ?」

真剣な顔でそう聞いてきたベポに私は腰のタトゥーを指差し笑って答える。

「これはタトゥーだけど、違うの。」

「?」

ベポは不思議そうに首を傾げた。









「これは傷。私の身体の消えない傷。」









その言葉を最後に、私もベポも黙り込んだまま身体を流し静かにお風呂から出た。

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