《1》
□星月夜の心理
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「駄目だ…全っ然駄目だぁ…」
その日の夜半、私は何度も何度も寝返りを打つもなかなか寝付けずにいた。
寝る事を諦めた私はベッドから起きて、甲板へ行ってみる事にした。
「うぅ…ちょっと寒いか…」
春島の気候で昼間は暖かいが夜はさすがに患者服では肌寒く感じた。
ひと気のない甲板は風も殆どなく、月明かりに照らされて影を持ち立体的に目の前に広がっていた。
昼間あれだけ寝てしまったのだから今寝れる訳がない。
とぼとぼと手摺へと歩み寄り、だらりとだらし無く前のめりに凭れかかって海へと視線を落とした。
ばさばさと髪が顔を叩くも、航行する船が置き去りにする白い泡波をぼんやりと眺めながら、お風呂でのベポを思い出す。
あのタトゥーを見て何を思ったのだろう。
別にタトゥーなんて珍しい物でもないのに。
ベポの驚いた顔に違和感を感じていた。
「あのベポが黙り込むなんて。」
溜息を漏らしながら今度は身体を反らせて夜空を仰いだ。
「わぁ…キレイ…」
その夜空は、もうすぐ満月であろう眩しいほどの月とその光に寄り添う無数の星達を従えてまるで私を包み込み笑っているかの様な感覚に陥り思わず歓喜の声をあげた。
船の上から夜空を見上げるなんて何年振りだろうか。
その懐かしさに今この時がずっと続けばいいのになんて、叶わぬ事を考えていた。
その時…
風、じゃない…揺れた。
無防備に反らせた身体を起こし振り返った。
そこに居たのは体温のない男。
「何をしている」
「ペンギンさん…」
気が付くとペンギンさんはすぐ目の前に立っていた。
「いえ…別に何も…」
やっぱり苦手かな、この人。
訝るようなその視線に私は耐え切れず急いで言葉を紡いだ。
「あの、星を…数えていたんです。父の海賊船にいた時も、私が寝付けない時は父が特別に見張り台へ登らせてくれて。私が眠るまで一緒に星を数えてくれてたんです。だから久しぶりに数えてみようかな、なんて…ハハ…」
「……」
「…えーっと、あのー、…ペンギンさんは数えた事ありますか?星…」
「……いや」
「…ですよね。子供騙しです。結局子供は数える事に飽きて、寝る…それだけです。」
暫く沈黙が続いたが私は諦めずにペンギンさんに話掛けた。
「この船って何か不思議ですね。」
「……」
「私、全然皆さんの事知らないけど…何か私が思う海賊とは違うなーって。」
「…どう言う意味だ。」
「何か父の船みたいだなって。空気が優しいんです。あ、でも船長さんとかペンギンさんはちょっと怖いかな…なんて。」
「……」
「あの……私ってやっぱり怪しいですか?自分ではそんなつもりなんてないんですけど…。」
ピンと張り詰めた空気に思わず本音を口にした。
ペンギンはいつも私を警戒している気がするからだ。
するとペンギンさんは真っ直ぐ前を見据えたままこう言った。
「…女は危険だ。」
「え…?」
ペンギンさんはそれ以上何も言わなかった。
私も彼の心の中に普く冷たい影に気付かぬ振りをして足を踏み出した。
「じゃあ私、戻ります。おやすみなさい。」
そう言ってペンギンさんの横を通り過ぎてからある事を思い出し私は足を止めた。
「そうだ、ペンギンさん…」
ペンギンさんは手摺まで進みそこに両腕を掛けて水平線のその先を見ていた。
そのペンギンさんの背中に私は伝えた。
「明日は雨です。」
するとペンギンさんは顔だけ私に向けその目を少し光らせた。
「あれ…ペンギンさんてこの船の航海士も兼ねてるんですよね?」
「あぁ、そうだが。」
「明日は雨ですよ。」
そう言って私は甲板を後にした。