《1》

□隘路の海
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「ふぅ…んっと!」

小窓に打ち付ける雨の音で目が覚める。
時計を見ると7時少し前だった。
この船で迎える朝は今日で3回目。
なのに何だかずっと前からここにいる様な気分になるのは何故だろう。

昨日は結局余り眠れなかったが、今日はベポに何か仕事を手伝わせてもらおう。
患者服を着ているからといって私は別に病人ではない。
怪我といっても歩けるし利き手も使える。左手さえ庇えば普段の生活に何の支障も無い訳だ。

「ベポに聞いてみよう。あと服も返して貰おう。」

そう思い立ち私は右頬のガーゼを剥がしてから、部屋にある小さな洗面台で右手だけで右頬を避けながらという難易度の高い洗顔を済ませ手櫛で髪を整えてから少し気合いを入れて、昨日の朝以来二回目の食堂へと向かった。





ペタペタペタペタ

裸足で廊下を歩く。
これってもし私が海軍に引き渡された時、誰か私に靴を買ってくれるのだろうかなんて別に本気で悩んでいる訳でもない事を考えながら階段を降り2階の廊下を進むと、食堂の明かりが見えて来た。



そーっと
食堂を覗いて見る。

昨日よりひとが少ない気がする。
昨日自分が座った席のほうを見ると…。

今日はトラファルガー・ローもペンギンさんもいない。

今日はついている、そんな気がして食堂に入ろうとする。
と…

「名無しさん、おはよー!」

バシンと凄い力で背中を叩かれた。

「今日は早いね!」

振り返るとベポが立っていた。
私も笑顔で挨拶をする。
昨日のお風呂での事なんてまるで何もなかったかの様ないつも通りのベポに何だかホッとした。

「今日は一緒に食べよね!」

するとまたベポにがしりと腕をつかまれ引きずられる様に連れられて行く。
私にとっては死活問題であった席順の事を今思い出し、私は慌ててベポに言った。

「ベポ!私ね、昨日の席がいいかなーなんて…」

今日はトラファルガー・ローもペンギンさんもいないのだ。
わざわざシャチさんの所に座るのを躊躇して私はベポを止めようと試みるがそれは無駄な抵抗であった。
がしかし…

ベポの正面の席、昨日はそこにいたシャチさんが今日はいない。
本当に今日私はついているのだと確信したのだった。
しかしベポはこう言ってきた。

「名無しさんはそんなにキャプテンとご飯食べたいの?昨日もキャプテンとこ行っちゃうし、今日だってそうだよ!」

この白クマさんは拗ねているのだろうか。
私にも色々事情があったり不可抗力だったりする訳で。
しかしシャチさんがいないのであれば何の問題もない。

「あっそうだよねー!一緒に食べようね!ほら、アイリスの事もっと教えてあげるからっ!」

「えー!本当?教えてー!」

そう言って私はベポの左隣の席に座り美味しそうな朝食をベポと一緒に食べ始めた。



「アイリスはね、人間の男の子に恋した事があるんだよー。」

「えー!それでどうなったの?」

ベポとのおしゃべりはいつも楽しくてこの時だけは私は何も気にせずに笑っていられるのだ。





「うっす」

「はよーっす」

少し前から食堂が混み始めてきた。
昨日より早い時間に来ていたからだろう。

「ねーねーベポ、そういえばこの席って本当は誰か座るんじゃないの?」

「ううん。オレが幅取って狭いからって誰も座らないんだよ。名無しさんは小さいから大丈夫だよね?」

「そういう事か。じゃあさ…あの左から2番目の2つの席は何で空いてるの?」

そこは昨日私が座った席とその正面の席の事だ。

「あそこはキャプテンとペンギンの隣だからクルー達は緊張してご飯が喉を通らないって、いつの間にか誰も座らなくなったんだよ!」

「なるほど、凄い納得…」

トラファルガー・ローはあの人柄を抜きに考えたとしても、船長という肩書きに萎縮する事はあるかもしれない。

でもペンギンさんの、あの人を寄せ付けない雰囲気は同じ船のクルーでも感じ取っているに違いない。

「でも名無しさんは凄いよね!キャプテンとペンギンの隣でもガツガツ食べてたもんね!」

「いやいや、それは…」

そもそも私はいつもガツガツご飯を食べる訳じゃないってベポも知ってる筈なのになんて心のなかで苦笑いしながら食後のコーヒーを啜っていた。










ガタンッ

「はよっす」

「ぶっっ!」

ベポの正面に座ったのは勿論キャスケット帽のシャチさん。

「おはよシャチ!」

「はよ」

「お、おはようごごごございます。」

「……」


目を逸らされた…。


シャチさんは向こう隣に座るクルーと話ながらご飯を食べ始めた。
私はというと何も考えずに笑っていられる筈のベポと心ここに在らずな会話をしていた。

あの時以来改めてシャチさんと会うのは今日が初めてだ。
しかし勇気を出して挨拶したものの完全に無視されてしまった。

確か今日の私はついている筈であったのにしかしそれは小一時間程度で呆気なく終わってしまった。

コーヒーも飲み終わり自然な感じでこの場を離れられると思った私は椅子から腰を浮かせながらベポに告げた。

「じゃあ…私そろそろ部屋に戻るね。」

するとベポは…

「あ、コーヒーのおかわり持ってくるよ!」

「いや、もうお腹一杯で…」

ベポお願い…空気を読んで…。

「そうなの?でも今日はこの後キャプテンからクルーに話があるから皆ここで待機なんだよ?」

「え?…あ、でも私はほら、ここのクルーじゃないし…」

「名無しさんもいる様に言われてるから!」

「え…何で…だろ…?」

私が中腰のままグルグルと思考を巡らせていると、シャチさんとまた目が合いそしてまた逸らされた。

「キャプテン来れば分かるから、名無しさん座っててね!」

「う、うん…ありがとベポ…」

逃げ場を失った私は結局また椅子に腰掛ける事となった。










ふぅぅ…。

そして心の中で大きな溜息をついた。
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