企画物
□未来への扉
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「もう泣くな…」
甘く切ない花の香り漂う再会の時、トラファルガー・ローは大事に大事にずっと私をその腕の中に閉じ込めていた。
やっと会えた、と…
同じ思いは言葉にしなくとも皮膚から滲んで心に沁みる。私達はこの日の為に懸命に生きた。この約束の日があったから、だから何があろうとも折れずに前へ進む事が出来たんだ。
苦しい程に求め続けた愛おしい温もりと辿り着いた未来を確かに今この手にした私は涙を拭いふと彼を見上げた。
すると…見つめ合った途端これまでの岐路の途中で其々に背負い込んだ堪え難い痛みや深い悲しみ達が身体から剥がれ落ちていく感覚に二人して襲われた。
鉛の様に重かった筈のそれら全ては不思議な事に次々空へと舞い上がり、白となって陽に透けて今日という日を修飾する美しい花びらの中へと紛れ込んでいく。そんな魔法に掛かった私達はどちらからともなく再び唇を寄せ合った。
足枷の過去も
失くした大事なものも
全部、浄化していく…
「「「名無しさんーーっ!!」」」
その時、日が暮れたのを頃合いにとぞろぞろとポルドの城にやってきたハートの面々。その声に肩を叩かれたように私は振り返った。
「あっ、みんな…」
トラファルガー・ローもそうだけど、見れば誰一人四年前と何も変わっていない。変わった事といえばクルー達のつなぎが黒になっていた事と、みんな心なし逞しくなった様に思えた事くらいだ。
「おーいっ!名無しさんーっ!」
寄り添う私達に遠慮してか門の所で足を止めた彼らの一番先頭でこちらに大きく手を振るのはシャチ。あれ、そういえば彼だけ帽子の色が変わってる…
「行ってこい」
懐かしむように目を細めていると不意にそう言ったトラファルガー・ローがひょいと私の身体を引き上げた。
「ロー…?」
「あいつらもお前にまた会う為に幾重の荒波を乗り越えてきた…リンは俺が見てるから、早く行ってやれ」
「う、うん…」
私の髪に絡まり付く花びらをその指で払うと彼はゆっくり、まだ庭を駆け回る小さなリンの元へ歩き出した。私もそのままクルー達が佇む門へと足を踏み出す。
一歩一歩…少しずつ近づくリーチが焦ったかったのか待ち切れないと言わんばかりに真っ先に駆け寄って来たシャチが私をガバリと掻き抱いてきた。
「名無しさんっ…、名無しさんっ…」
相変わらずの甘い匂いとウルウルと潤むベージュの瞳。彼は何度も何度も私の名を呟く。
「会いたかった…すっげぇ、長かった。俺、途中何度も連絡しようかと思ったけど我慢してよ…。お前…良く一人で頑張ったな。」
「…おかえり、シャチ。皆こそよく無事に帰って来てくれてありがとう…。それとリンもね、最後まで頑張ってたよ…後でお墓行こうね。」
「あぁ…」
ズズッと鼻を啜りながら優しく私の髪を撫でたシャチがふと中庭に目を移す。そこにはあぐらをかいて座るトラファルガー・ローとその膝にちょこんと乗って彼の耳元に何やらコソコソ話をしている小さなリンがいる。
「あのチビ…が?」
「うん…リンの名を貰ったんだよ。」
「へへ、そっか…そりゃあいい。」
暫し感慨深そうに二人の様子を見つめていた彼は次にニシシと笑うと…
「おーいっ!チビリン…!」
俺ちょっと遊んでくるわ…と嬉しそうに中庭へ走り出していった。
その後も城内へ入っていくクルー達と挨拶を交わす。ベポやコックさんは泣きながら再会を喜んでくれた。
「…?」
しかしそんな中、見慣れない人が一人いた。その大きな人は私に軽く会釈だけをすると城に入っていってしまったが。
「あれはジャンパールだ。お前と別れてすぐに立ち寄ったシャボンディ諸島で出会ってな。船長の気紛れか否か、うちのクルーになったんだ。後で紹介する。」
ぼんやりと城の入口を見ていた私はビクリと肩を揺らしてその声を振り返る。
「ペンギンさん…!」
気付けばすぐそこで柔らかく微笑んでいた彼を目にした途端、私は思わず抱き付いた。
「お帰りなさい!無事で何よりで…」
「フフ…お前もな。」
懐かしい防寒帽のつばを上げた彼は頬に大きな傷が一つ増えていたがやっぱり何も変わらない。
「一段と綺麗になった…」
「へ…?」
「すっかり大人の女だ。」
言うなりおデコにキスをされ酷く動揺した私。ソツなく人の心を揺さぶるもしれっとしている彼のキャラもまた、過ぎ行く時に流される事のない普遍の物のようである。
その日の夜、盛大にしかし献杯から幕を開けた再会の宴は結果としてハートの船がポルドを発つまでの一ヶ月間、自然発生的に毎晩続いた。
やっと酒を解禁した国王様はシャチにリンの最期を伝え共に涙を流し、長いテーブルの端ではペンギンさんとスリが盃を交わす。ペポはこれでもかとポルド自慢の料理を頬張り、小さなリンは広い食堂をやはり駆け回っていた。
そんな宴の最中、賑やかな雰囲気から完全に逸脱しているのは…彼と私。
「ロー…食べないの?」
「……」
「ほ、ほら…美味しいよ…?」
何故なら隣に座るトラファルガー・ローは食事には手を付けず、椅子ごとこちらに向き頬杖をついてずっと覗き込むように私を見つめているからだ。
たまに傾けるグラスから嗜む程度に酒を喉に流し込むと濡れた唇をペロリと舌でなぞりまた私に目を置く。
恋しくて待ち焦がれた彼の瞳に囚われれば嫌でも鼓動は速まり身体が熱を帯びてしまう。自然に振舞おうにも出来ない、料理の味なんて分からない。右脳と舌が完全に仕事を放棄している。
だって、またキスをしたいだとか抱き締めて欲しいだとか…ついそんな事ばかりを考えてしまう自分を悟られまいとそれだけで精一杯で。
「何考えてる…」
食べる事を諦めフォークを置いて皿を睨むように俯き、落ちる長い髪で顔を隠した私に彼は構わず指を伸ばしてきた。せっかく視線を遮ったカーテンはすぐに耳に掛けられて露わになる紅い顔。
「クク…相変わらず分かりやすいな」
「……」
「そんな顔見せられたら、此処でしたくなっちまうだろ…」
テーブルの下でそっと絡められた指がまるで私を誘うかのようにギュッと強さを増す。甲をなぞってくる親指の感触だけで足の先まで痺れが走った。
「抜けるか…どうせ皆、宴に夢中だ」
「え…?で、でも…」
「部屋行くぞ…」
私の返事は待たずに手を繋いだままトラファルガー・ローはガタリと椅子を引き腰を上げる。
と…
「パパー、ママー!聞いてよーっ!」
絶妙なタイミングでベソをかいたリンが此方へ走り込んできた。思わず顔を見合わせて私達は吹き出す。
「リン、どうしたの?」
私はリンを膝に乗せ笑顔で首を傾げた。
「あのね、シャチがねぇ?今日一緒にお風呂入ろうって言うんだよぉ?!」
「う、うん…いいんじゃない?一緒に入れば?」
するとリンは顔を真っ赤にして今度はプンプンと怒り出す。
「シャチとはイヤっ。だってミッチみたいにうるさくて、子供なんだもんっ。」
ミッチとはいつもリンが一緒に遊んでいる同い年の男の子である。
「私、ペンペンと入りたい!そんで今日はペンペンと一緒に寝る!」
ペンペン…??
「ペ、ペンギンさんの…事?」
「うんっ、いいでしょ??」
チラリとペンギンさんを窺うと彼は苦笑いながら手を振っていた。意外な事にどうやらリンは子供と同じ目線で遊ぶシャチよりも優しいお兄さん的なペンギンさんをお気に召したようだ。
「チビリンっ…お前、何で俺よりペンギンがいいんだよ!あのお兄さんはな?優しそうに見えて本当はすっげぇ恐い人なんだぞっ…」
「きゃあーっ!逃げろーッ!」
本気で逃げ出したリンを酒も入り少ししつこく絡んでくるシャチがまた食堂の中をぐるぐると追いかけ回す。
「ハハハっ…シャチ嫌われたねー。」
そんな微笑ましい光景を見遣りながら、これから先もこうしてずっと皆で賑やかに過ごすのであろう新しい未来の扉が既に開かれている事を改めて実感した。
「ねぇ、ロー…」
「あ…?」
シャチとリンの追いかけっこを一緒に見ていたトラファルガー・ローの耳元に私はふと唇を寄せた。そして甘えるように耳朶を噛んで囁く。
私だって…我慢出来ない。
「今日は朝まで…ずっとがいい…」
喧騒の中、彼の首に腕を回し自分からキスをした。その様子に気付き囃し立てるクルー達の指笛にも構わず舌を絡め合う。
「当たり前だ…」
そのまま手を取り合い宴の食堂から姿を消した私達。その後の事は恥ずかしから…秘密。
永遠に、続け…