《2》
□荒む食堂
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シャチの部屋でジャカル島の情報について聞いた後、私は急いで船長室へと戻っていた。
夕食の時間を少し過ぎてしまっているからだ。
きっと船長室にはベポが届けてくれた温かい夕食が既にある筈だ。
出来れば湯気が立つ内に食べたいと思っていた。
ガチャ
「遅くなりま…はッ!」
「……」
船長室に入ると扉の左側の壁にあるソファでテーブルに足を投げ出し長刀を傍に携え物凄く重い空気を纏ったトラファルガー・ローが視界に入りばちりと目が合った。
「あ、あの…船長…何かあったんですか…?」
そのいつもより不機嫌そうなオーラを感じ、私は扉の前で立ち止まったまま、彼に声を掛けた。
「名無しさん」
「はい。」
彼はぎろりと私を睨みつけながらこう言ってきた。
「何をしてた」
「へ…」
その重たい空気と鋭い視線に私は思わず目を逸らし、見えない空間に視線を留めて固まったまま答えた。
「す、すいません…ちょっと仕事が遅くなった…のと、あとシャチと話をしていたので…」
「そうか」
するとトラファルガー・ローはソファから立ち上がり長刀を肩に担ぎながらゆっくりと私の前まで歩いてきた。
そして…
「シャチか。何の話だ」
「えっ…」
私は何となくその情報についての事は自分の脳内の霧が晴れるまではそっと仕舞っておきたいと思っていた。
「あの…世間…話を…」
「ほう、どんな話だ」
ちらりと彼の顔を見上げると少し顎を上げ私を見下ろしていた。
そして何より肩に担がれたその長刀の存在が、私の恐怖心を更に煽り立てるものとなっていた。
「あーえっと…オカマの…島の…話です…あ、船長は…」
「名無しさん」
「はい。」
「飯は食堂だ。行くぞ」
するとトラファルガー・ローは踵を返しその長刀をいつもの場所に立て掛けると私の横を通り過ぎ扉を出て行った。
そう言われれば船長室には夕食の匂いも姿もない事に気付き、先に出て行った彼を急いで追い掛け、私も食堂へと向かった。
食堂に着くと少し時間が遅かったせいかクルー達がいつもより少なかった。
どうやらベポももう部屋に戻っている様だ。
しかしシャチは私の話に付き合ってくれていた為遅くなったので、いつもの席でまだ夕食を食べていてそして私に気付き手を振ってきた。
「おっ!名無しさん、ここで食うのか?」
「う、うん。」
そう答えながら私もシャチの斜め前の自分の席へと足を向けた瞬間がしりと手首を掴まれた。
「お前は今日からこっちだ」
トラファルガー・ローは私を引っ張り自分の隣の席へと連れて行った。
ふと見るとペンギンさんもいつもの席で夕食を食べていた。
私は出来れば自分の席で食べたいと思い掴まれた手首を何とか解こうとしたがそれは無理だった。
「お疲れ様です。」
「あぁ」
2人が挨拶を交わした後、ペンギンさんはちらりとだけ私に目を遣ったがまたすぐにテーブルに視線を戻した。
ガタリ
これはもうどうにもならないと悟った私は、諦めてトラファルガー・ローの隣の席に座ると、すぐにコックさんが夕食のトレイを運んで来てくれた。
私はお礼を言ってから手を合わせて食べ始めた。
すると…
ガタリ
「俺も今日からここいいっすか?」
私の正面。ペンギンさんの左隣の空席にシャチがトレイを持ってやって来た。
「えっ……」
私は驚いてシャチを見上げたが、シャチはにひひと笑い席に着いた。
「お前なぁ…」
ペンギンさんが呆れた様に何かを言おうとしたがシャチは構わずトラファルガー・ローへと言葉を発した。
「いいっすよね?船長。」
見据える様なその視線に私は少し戸惑ったが、トラファルガー・ローはそんなシャチには目を遣らず一言だけ言葉を発した。
「どこで食おうがお前の自由だ」
「へへ、あざっす!」
「……」
私は何だか気まずくてしょうがない。
がしかしシャチは楽しそうに話し掛けてくる。
「名無しさんよー、本当の誕生日の時はちゃんと祝ってやるからよ。何がい?」
「え?あ、いや…いいよいいよ、本当。」
左隣のトラファルガー・ロー、そしてその正面のペンギンさんの無言の食事に私の集中力は完全に失われ、シャチの話はなかなか頭に入ってきてはくれなかった。
「あ、そうだ。あのペンダントはよ、ずっと持っててな。思い出だ、な。」
「あ…そうだ、ごめんね。返さなきゃって思ってるんだけど、いつも部屋に忘れちゃって…」
「返さなくていーの!あれは名無しさんのなの!」
「いや…でも…」
シャチの押しの強さは相変わらずだなと思いながら、少し引き攣った顔で私は会話をしていた。
「おぉ、そうだペンギンよ、名無しさんに謝ったか?」
「は?その話はもういい。お前は早く食って部屋に戻れ。」
ペンギンさんは夕食を食べ終わりコーヒーを啜りながら新聞に目を通し始めていた。
トラファルガー・ローも食べ終わった様でコックがコーヒーを運んで来た。
私も早く食べて部屋に戻ろうと思い少し急いで食べていると、シャチが今度はトラファルガー・ローに話し掛けた。
「船長、名無しさんをいつまで船長室に置いとくんすか?」
そのシャチの言葉に私は、そしてペンギンさんまでもが驚いた顔をしてシャチを見遣った。
「……」
トラファルガー・ローはその言葉には反応せず無言でただコーヒーを啜っている。
するとペンギンさんがシャチの腕を掴み立ち上がった。
「シャチ、ちょっと来い、話がある。」
しかしシャチはその手を振り払いさらにトラファルガー・ローに言葉を続けた。
「名無しさんで遊ぶのだけは辞めて下さいね。もし身体だけなら他の女でやって下さい。」
「ぶっ!…シャチ…ちょっと…」
私はご飯を口から噴き出しながらもシャチのいつもと違う雰囲気に顔を強張らせながら彼を止めようとした。
するとその言葉にとうとうトラファルガー・ローがぴくりと眉を上げシャチを睨み遣った。
「てめぇ、何言った」
「船長、シャチの奴は俺が連れて行きます。」
ペンギンさんはもう1度シャチの腕を掴み今度は立ち上がらせ、そして力尽くで引き摺るように席から離れさせた。
「離せペンギンよ!」
シャチはその手を振り払い見た事のない剣幕でさらに続けた。
「あんたどういうつもりかここではっきり言ってくださいよ!名無しさんに惚れてんすか、遊びなんすか!」
「もう辞めろシャチ!」
「どうせ名無しさんの事も道具のつもりなんだろ!飽きたら捨てるんだろ!!」
「行くぞ!」
ペンギンさんはトラファルガー・ローに喰って掛かろうとするシャチの腰を抑えて食堂から連れ出した。
「……」
「……」
静かになった食堂。
まだ残っていたクルー達も皆、今の騒ぎで部屋へ戻って行ってしまった様だ。
私はあの温厚なシャチがあんな風に怒鳴っていた事に、驚きとショックを隠せずただ唖然としていた。すると…
「戻るぞ」
「え…」
突然トラファルガー・ローがそう言って椅子から立ち上がり食堂の扉へと歩き始めた。
私は食べ終わった夕食のトレイと彼のコーヒーカップをカウンターにいるコックさんに返してから、その後を追った。
船長室に戻りトラファルガー・ローはそのままいつもの椅子に腰掛け背凭れに寄り掛かり両手を頭の上に乗せ窓を見ていた。
私はソファに座り膝の上に肘を乗せ頭を抱えた。
あのシャチが…あんな風に怒鳴るなんで…。
私は食堂での光景がまるで夢だったかの様に何だか頭がぼやけてきた。
「ふぅぅ」
無意識に溜息が出た。
彼の私への想いが彼をあんな風にさせてしまったのか…。
また胸が疼いた。
その時…
「お前は気にするな」
突然、項垂れていた私の頭上からトラファルガー・ローの言葉が降ってきた。
我に返り顔を上げるとすぐそこに彼が立っていた。
「あれは男同士の話だ。お前には関係ねぇ。分かったか」
「……」
それだけ言うと彼はまた椅子に戻り本を開いていた。
何だか泣きたい。
みんなで笑っていたいのに…。