《2》

□届かぬ空
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「名無しさん、起きろ」

「……」





トラファルガー・ローの声が聞こえる。
しかし今日の私の気分は冴えない。
眠りも浅かった為身体もだるい。

昨日のシャチの言動が深い海の底へと私の思考を沈ませていた。

「起きねぇなら飯抜きだ」

「……」

ご飯で釣られても私の気分は冴えない。

がばッ!

「おい」

トラファルガー・ローが布団を捲り上げてきた。
朝の肌寒さに私は身体を丸めた。
すると…

どさりッ!

「やっ…!船長…?」

突然私の上に覆い被さり手首を拘束して顔を近付けてきた。

「お前には関係ねぇと言った筈だ」

「…え?」

「早く着替えろ、飯だ」

それだけ言うとトラファルガー・ローはかばりと起き上がり先に船長室を出て行ってしまった。

残された私は暫く放心し、しかし彼の言葉の意図を掴んでから起き上がり支度を済ませて食堂へと向かった。





今日は……えッ…。

私は自分の目を疑った。
昨日あんな事があったにも関わらず、シャチはペンギンさんの隣で笑顔で朝食を食べていたからだ。

「お、おはようございます…」

私は顔を引き攣らせながら、シャチとペンギンさんに挨拶をした。

「名無しさん、はよっ!」

いつもの様ににかりと笑ってシャチは私に手を振ってきた。

「ペンギン、てめぇ、名無しさんに挨拶しろ、ほら!」

「……」

シャチにそう言われたペンギンさんだがしかしこちらに目を遣る事なく無言で朝食を食べていた。

「あー、名無しさん、昨日は悪かったな、あんな騒いでよ。忘れてくれ。」

「わ、忘れてって…」

何事もなかったかの様なシャチのその言葉に、私の昨晩の睡眠を返して欲しいと思いつつ、自分の席へと腰を下ろした。

そしてちらり
と左隣のトラファルガー・ローを覗き見ると、無言ではあるが彼もいつもの様に朝食を食べ進めていた。

男同士とはこんなものなのだろうか。
余りにもわだかまりが無さ過ぎて、私は逆に違和感を覚えた。

「名無しさんはよ、次の島は下船出来ねぇんだろ?俺もずっといるからよ、たまには休んで息抜きしようや。」

「え?あ、うん…」

そういえば3日後には次の島に着く。

海軍本部も…出入りする、と。

トラファルガー・ローは今回の島では私には下船許可を出さないと言った。
確かにそれでいいのかもしれない。
私には何も出来ない…。
船で大人しくしていよう。

「あ、船長、島と言えば海軍本部の…」

ペンギンさんがトラファルガー・ローに話し掛けた。
がしかし視界の端にちらりと私が入った瞬間…止めた。

「後で話します。」

私は気付かぬ振りをして朝食を食べた。










午後1番に甲板へ出た。
昼過ぎでも少し肌寒い。
次の島は秋島という事で、もう島の気候圏内に入った様だ。

秋空はまた美しい。
掠れて伸びる細い雲がつらつらと規則正しく連なっている。

さっきペンギンさんは何を言おうとしたのだろうか。
私には聞かれたくない海軍の事。

「今日は気分が冴えないわぁ…」

いつもの様に空に声を掛けた。
すると…





「名無しさん?あー仕事か。今からよ皆でサカーやるんだけどよ、お前もやるか?」

5人のクルー達が白と黒の面白い模様のボールを1つ持ち甲板へ集まって来ていた。

「サカー?何それ?」

私はきょとんとしてクルー達に聞いた。

「何だよ名無しさん、サカーも知らねぇの?南の海の球技よ。」
「このボールを蹴って遊ぶんだ。た、だ、し!手使ったら反則なんだ」
「やってみるか?難しいぞ?」

私はその球技の存在は知らなかったが、ちょうど気分もどんよりと曇っていたので、少し仕事をサボって気分転換をしてみる事にした。



「ぎゃーッ!何でーッ!」

「下手くそぉー!股抜きだぁー!ほいっ!」
「名無しさん!真面目にやれ!あほッ!」

「いや全力ですけどーッ!」

3対3になり、2つの空の酒樽を其々ゴールとし、甲板の端から端へと1つのボールを追い掛け走り回った。

久しぶりだ。
無我夢中でボールを追い掛けていたらクルー達も私もいつの間にかお腹を抱えて笑っていた。

「えっ!頭も使っていいの?!」

「そうだ!ヘディングって言うんだ!とにかく、腕から下以外はどこでもいーの!」
「名無しさん、顔面でもいいんだぞ!」

「え…!本当ですか…!凄い!」

肌寒さなど忘れ汗をかいて走り回りなかなか勝負のつかない熱戦を繰り広げていた。

「名無しさん!そっち行ったぞッ!カバーしろッ!」
「海に落とすな!ヘディングで止めろー!」

「へ、へいぃぃーッ!」

ふわりと回転しながら宙を舞い私のほうへと飛んで来たボールを私は振り返り走りながら追い掛けた。

このままではボールが海に落ちてしまう…。
何としてもヘディングで返さなければ…。

「間に合うッ!!」

私は手摺りの手前の大きな木箱に駆け上がりボールを頭に当てた。

ぼふんッッ!!

「ぎゃッッ!!」

ボールを甲板へと弾いた。

「やったッ!」

が…

ぐらり…

思ったよりも強い衝撃に私は一瞬頭が真っ白になり…

身体が傾いた…





















海へと…




















ざぶーんッ!

「名無しさんッッ!!」
「落ちたぞッッ!!」
「早くッ救助ッ!!名無しさんは能力者だッッ!!」
「人を呼べーーッ!!」
「名無しさんが海へ落ちたぞーーッッ!!」




















ごぼごぼごぼッ…




















私は?


海の中?


冷たい。


苦しいよ。


力が。


抜けていく。


遠くなる海面を見上げながら…


空に手を伸ばした…


駄目だッ…


届かない…


ゆらゆら…


ふわふわ…


私は…


海になる。








































あ…

ぐいッ

誰…
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