《2》

□其々の我欲
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「島に着いたぞーーッ!!!」










見張り台からのクルーの声が早朝の船内に響き渡り、私はその声で目が覚めた。

今回の島はサフル島という秋島で、海軍本部が出入りするだけあって治安も良くそして大きな島であった。

私はどうせこの島には降りられない。

しかしベポに買物を頼む事を思い出し、隣で寝ているトラファルガー・ローを起こさない様そっとベッドから起き出てソファに座り買ってきて貰う物をメモに書いていた。



「何をしてる」

暫くしてからトラファルガー・ローが起きてきた。
私はびくりと肩を揺らしてからベッドのほうへと目を遣った。

「あ、ちょっとベポに頼む買物のリストを…」

彼は眠そうな顔で髪をぼさぼさと撫でながら私の隣に腰を下ろしてきた。

そして私が書いていたメモを奪い取りそれを天井にかざし見ていた。

「ちょッ…まだ書いてるんですけど…」

「お前は欲のねぇ女だな」

私は立ち上がりトラファルガー・ローの手からメモを奪い返すと、またテーブルの上でそこにペンを走らせながら言葉を返した。

「いいんですよ。必要な物だけあれば人は生きていけるんです!」

「へぇ」

トラファルガー・ローは全く心の込もっていない相槌を返してきた。

「へぇ…って何ですかそれは。じゃあ船長は何か欲しい物あるんですか?」

私はメモに視線を落としながら彼に聞いてみた。

「俺はワンピースだ」

彼は曇る事なく即答した。

「あ…あぁ、そうですね…」

私は今回の島での買物の話のつもりで聞いていたので、その壮大な彼の返事に返す言葉が見つからなかった。

「後はお前だ」

「えっ…」

思わずペンを持つ手が止まり彼を見遣った。

「掴みどころのねぇ奴だ」

「……」

両手を頭の後ろに組みそこに頭を乗せソファに凭れながら彼はそう言った。

そんな遠くを見遣る彼の表情に私は少し戸惑い、書き終わったメモを持ちベッドの横へと歩いて行った。

「船長…私、着替えちゃいますね。」

そしてベッドの横にしゃがみ込み、洗濯済みの服を詰め込んだ大きな籠からごそごそと今日着るつなぎを取り出していた。
すると…

「今回の島には海軍情報部の支部がある。ビルジーグ・ガロンも何度か出入りしているらしい。お前の存在を知られない様、島にいる間も可能な限り船は潜水させる。浮上してる時もお前は船内から1歩も出るな。分かったか。」

ビルジーグ・ガロン…
5年前、私がまだ父の船にいた時に敵船の捕虜になりその船で相手をさせられた海軍の男である。

ぴくり
手に掴んでいた白いつなぎをぎゅぅと握り締め私はトラファルガー・ローの言葉を脳内に染み込ませた。

「はい、分かりました。」

そして手にしたつなぎを抱え、洗面所へと入って行った。










支度を済ませたトラファルガー・ローと私は朝の食堂へと向かった。

「おはよーベポ。これ買物リスト、お願いしていい?」

「あ、おはよ名無しさん。買物は明日行ってくるからね。まかせて!」

「ごめんね。ありがと。」

ベポにメモを渡してから、既に朝食に手を付け始めていたトラファルガー・ローの隣の席に腰を下ろした。

「はよッ!名無しさん」

「あ、おはよ。」

「ん?どした?何かあったか?」

冴えない顔をした私を見逃さず、シャチが心配そうに言葉を掛けてきた。

「え?何でもないよ?…では、頂きまーす。」

美味しそうな匂いを漂わす朝食を私は手を合わせてから食べ始めた。が…
ふとある事に気が付いた。

「あれ…ペンギンさんは…」

トラファルガー・ローとシャチ、どちらに話し掛ける訳でもなく疑問を口にしていた。

「あ?ペンギンは着港準備で昨日の夜からずっと操舵室だ。何で?」

「え…ッ!そうだ…私も手伝わなきゃだ…ちょ…ちょっと行ってきます…」

着港準備も航海士の大事な仕事の1つであった。

勿論私はまだこの船の航海士ではないが、操舵室のクルーとして何か手伝わなければと思ったのだ。

私は殆ど朝食に手を付ける事なく急いで操舵室へと走って行った。




















「すいません!遅くな…」

私が息を切らして操舵室に入るとペンギンさんや他のクルー達はソファに集まり皆でコーヒーを飲んでいた。

そしてペンギンさんは私に気付くと苦笑いをしながらこう言ってきた。

「今日はもうやる事はないぞ。」

「あぁぁぁ…すいません…」

サフル島には海軍が駐在しているので、人目に付かず尚且つ潜水する為の水深、海底質共に条件の揃っている島の北側の内海に船を停泊させたという事だった。

「明日は島に出るクルー達を朝見送ったら夕方まで潜水する。だから朝飯の後は仕事になるがいいか?」

「あ、はい。分かりました。」

私もコーヒーを入れペンギンさんとクルー達の輪の中に入り、島にいる間の操舵室での仕事の話などを聞いていた。

すると1人のクルーがふと話題を振ってきた。

「名無しさん、昨日本っ当良かったよなぁ。あん時ペンさん来てなかったらヤバかったかもな。」
「そうそう、俺らパニクっちまってよ。どうしていいか分かんなかったし。」
「ペンさん来るの早かったっすよね。」

昨日一緒にサカーをしていたクルーも混じり、ペンギンさんに疑問を投げ掛け始めた。

「あぁ…いや、たまたまな。名無しさんが落ちた瞬間を見てたんだ。」

ペンギンさんの瞳が…揺れた。

「そうだったんすかッ!」
「いやぁー、すげぇタイミングっすッ!」
「不幸中の幸いってヤツだな、コレ。」

「へぇー、そうだったんですかぁ。」

私もクルー達に混じり相槌を打っていた。




















お昼過ぎ、先遣隊が戻って来てから買い出し班や非番のクルー達は早速街へと出掛けて行った。

トラファルガー・ローとペンギンさんも一緒にどこかへ行った様だ。

私は操舵室の仕事もなく、甲板に出る事も出来ない為1人船長室のソファで気象の勉強を始めていた。


カリカリカリカリ

しかし今日の私は集中力がない。

カリカリカリカリ

気になる事があるからだ。

「あぁッ!やめよ。」

苛ついてしまいテーブルの上にペンを投げてしまった。

ちらり
トラファルガー・ローの机に目を遣る。
この前のメモはもう片付けてしまっただろうか。

私の父が…もと海軍。

信じがたい事ではあったが、それを直接トラファルガー・ローに聞く勇気はなかった。

私は彼の机の前まで歩くと、他に何か私についての情報がないかと調べてみる事にした。

がたりッ…

まず1番大きな引き出しを開けてみる。
がさがさと下のほうまで見てみるが、ペンやらノートやら小物があるばかりであった。

がたッ…

次に縦に3つ並んだ引き出しを下から順番に全部見てみる。
ここは書類やらファイルの類いしか無さそうだった。

その書類やファイルも全て目を通してみたが、運行計画や航海日誌の写しの様な物だった。

「んー、何もない…か。」










コンコンコンコン

どきりッ

誰か来た。
私は急いで開き見ていた書類などを引き出しに戻し扉へと向かった。










「はい。」

ガチャ

「お、名無しさんいたか。」

そこにいたのは…笑顔のシャチだった。

「やる事ねぇだろ?作業場でポーカーやってんだ。名無しさんも来るか?」

どうやらシャチは船内から1歩も出れない私に気を使い誘いに来てくれた様だ。

「あ、ポーカー?やるやる。ちょっと入って待ってて。片付けちゃうから。」

そう言ってシャチを船長室へ招き入れ、私はテーブルに散らかったノートやペンを片付け始めた。

するとシャチはベッドのほうに目を遣りながら私に言葉を発してきた。

「名無しさんさ…もしかして船長と寝てんのか?」

その言葉と同時にシャチからはいつもの笑顔は無くなり、至極真面目な顔でゆっくりと私に視線を移した。

「え?…あ、う、うん…そうだね…」

するとシャチは帽子を取り髪をくしゃくしゃと掻き乱してからまた帽子を被り直した。

「お前らってよ、付き合ってんの?」

少し鋭いその視線に私はテーブルの前でペンとノートを持ったまま固まり視線を泳がせながら答えた。

「ど、どーなんだろ…付き合って、とは…言われてないんだけど…」

「でも一緒に寝てんだろ?」

「あぁぁ…う、うん…」

「もうヤッたのか?」

「は、はい…?」

その質問の意図は理解出来てはいたが、そういう事をあからさまに聞かれた事に戸惑い、私はあえて彼に聞き返した。

「船長に抱かれたのかって聞いてんの。」

「いや…それは…ない…です。」

「本当か?」

「うん…本当…です。」

「そっかッ!良かったッ!」

その否定の言葉にシャチの顔はまたパッと明るくなり、私へと近付いてくるとがばりと勢い良く抱き締めてきた。

「えッ…!シャチ…?!」

突然のその力強さに私は思わず持っていた本とノートを床に落としてしまった。

「わりぃ…ちょっと…もうちょっとだけ…このままでいさせて…」

私の髪に顔を埋めたままそう言うシャチの声は少し掠れていて、それはまるで懇願しているかの様だった。




















私はそんな彼を
突き放す事は…出来なかった

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