《2》
□潜る自尊
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島2日目の朝。
街へと出掛けるクルー達を見送った後、船を潜水させた。
窓から見えるのは濁った海の青緑の色。
どこへ行っても薄暗い船内は何となく思考までどんよりと濁らせた。
「じゃあ名無しさんはこの海底危険物の探知レーダーを見ていてくれ。島の磁場圏内の狭い範囲だから目を離さないでくれよ。」
「はい、分かりました。」
今日は午前中だけの仕事だった。
そして操舵室の薄暗さはいつもと何も変わらず、潜水している事を忘れられそうなそんな感覚になっていた。
私は操作台の椅子に座り、海図の下書きをしながら黒い画面にある緑の光に目を遣った。
何だか目が霞んでぼやける。
濁った私と…比例していた。
ガチャ
「あぁ船長、どうしました。」
「「「お疲れーッす!」」」
昼前になり、トラファルガー・ローが操舵室に入ってきた。
私はてっきり彼も街へ行ったものだと思っていた。
そして彼は人差し指でペンギンさんを招き、壁際のソファに座り2人で何やら話を始めた。
気になる…
私はペンを走らせレーダーを確認しつつも視界の端で時折2人の様子を窺った。すると…
「名無しさん」
トラファルガー・ローに呼ばれた。
「あ、はい。」
私は他のクルーにレーダーをまかせ、2人が座るソファへと向かった。
「名無しさん、ここに座れ。」
ペンギンさんが立ち上がりトラファルガー・ローの隣に座るよう促してきた。
そしてペンギンさんはソファの傍に椅子を持って来てそこに腰を掛けた。
「……」
「……」
「……」
何なのだろうか…この沈黙は。
私は2人が話し出すのを待ちながらテーブルの上に見つけた小さなゴミのかすをただ見据えていた。
すると突然トラファルガー・ローがこう言い出した。
「明後日、下船許可を出す」
「えッ…」
その言葉に私は思わず目を丸くし隣のトラファルガー・ローを見た。
「昨日少しここの海軍の情報を集めてきたんだ。どうやらここ1ヶ月、本部の連中はこの島には顔を出さなくなったらしい。」
ペンギンさんが説明を続ける。
「たがお前は賞金首でもある。迷ったんだが半日程度なら息抜きもいいだろう。そのかわり、俺とシャチが同行するが…いいか?」
半日程度…私にとっては充分な時間であった。
土を踏まずとも生きていけるが、空を仰げないのは私にとってはさすがにキツかった。
「は、はい。勿論です。ありがとうございます。」
私は笑顔でお礼を言った。
「じゃあ午後からだな。昼飯が済んだら船を下りて夕飯までに帰ろう。」
「はいッ。」
どれぐらい振りだろうか。
やっと楽しみが…出来た
「船長、コーヒー入れてきます。名無しさんも飲め。」
「あ、でも仕事…」
私は自分の仕事に戻ろうと腰を上げかけた。が…
「座ってろ」
「はい。」
仕方なく腰を下ろしぼんやりとペンギンさんがコーヒーを入れているのを見ていた。すると…
「……」
ソファに凭れ前を見たままのトラファルガー・ローが私の手を取りそして握り、親指の、爪を、すりすりと、人差し指で撫で始めた。
「……」
何故…
何故彼はペンギンさんやクルー達がいる中でこういう事をするのだろうか。
出来ればやめてもらいたいのだが。
私は少し状況を変えようと彼に話し掛けてみる事にした。
「あの…船長は明日どっか行かないんですか?」
彼の藍色の瞳を見ながら私は聞いた。
するとその言葉に彼はにやりと口角を上げちらりとこちらに目を遣りこう言ってきた。
「何だ、一緒に行って欲しいのか」
何だかその顔が少年の様に私には見えた。
きっと今彼は機嫌がいいのだろう。
そんな気がした。
「や…行かないのかなぁーと…」
すると彼は手を握ったまま私の顔を覗き込み、唇を触れそうな程に近付けて来た。
「え…ッ」
びくりと固まる私を見てトラファルガー・ローはまた口角を上げた。
「ここでキスするか」
「はッ…?」
暫くどちらも動かずにただ瞳に映る自分の姿をお互い見捕らえていた。
「どうぞ。」
ペンギンさんがコーヒーを3つトレイに乗せて戻ってきた。
するとトラファルガー・ローは手を離しまたソファに凭れコーヒーを啜り始めた。
「……」
何だったのだろうか。
私はそのまま動けずにいた。
彼は昨日、私の事を掴めない奴だと言った。
がしかし私からすれば彼のほうが余程掴めない人間である。
同じ部屋の同じベッドで寝てはいるが彼はあの日のキス以来、何をしてくる訳でもない。
いや部屋にいても彼は本を読んでばかりで私が話し掛けても曖昧な返事しかしてこない。
どちらかといえば放置されている方である。
「名無しさん、冷めるぞ?」
ペンギンさんのその言葉でやっと私は我に返った。
コーヒーを啜りながら私はペンギンさんに島の事を色々聞いてみる事にした。
「この島って大きいですよね。街も賑やかでしたか?」
「あぁ、そうだな。街もいくつかあるみたいだ。俺達が昨日行った街も人が多かったな。店も色々あったぞ。ぶらぶらするだけでも気分転換にはなるだろう。」
「そうですねー。でも海軍とか海賊とか大丈夫でした?」
私は興味深そうにペンギンさんの話を聞き出した。
「海賊はちらほら見掛けたが小物ばかりだ。海兵も見回ってはいたがこのつなぎにも気付かない様な緊張感のない奴らだったな。島の中央にある駐屯地に近付かなければまぁ何もないだろう。」
「へぇ、そうですかぁ。じゃあ私、大丈夫そうですね…ハハ」
「だが気を抜くなよ。つなぎと帽子、後絶対に俺達から離れるな。」
「はい…」
そんな会話をしているといつの間にか昼食の時間になり、午後のクルーと仕事を交代してから私はトラファルガー・ローと食堂へ向かった。
昼食を済ませ船長室へ戻ったが、私はある用事を先に済ませようとトラファルガー・ローにこう言った。
「船長、私ちょっと自分の部屋行ってきます。ノートを何冊か持ってきたいんで。」
「あぁ」
彼はいつもの椅子でいつもの分厚い本を読みながらこちらを見る事なく返事をした。
彼の了解を得た私は船長室を後にした。
でも
私が向かったのは
自分の部屋では…ない
ガチャリ
あぁ、この匂い
鉄と火薬の匂い
私は誰にも気付かれる事なく
武器庫へと入って行った
がたッ…
前にクルー達と武器の手入れをした時、私は自分に合う銃をいくつかわかり易い様に木箱の中に分けて仕舞っていた。
がちゃりッ
銃を手に取り感触を確かめる。
大丈夫
そのままだ
短銃を2丁、ガス銃を1丁、つなぎの懐に忍ばせた。
そして
武器庫の隅にある背の高い棚に置いてある小さな箱。
ここから銃弾をいくつか抜き取った。
武器庫を出て1度自分の部屋に戻る。
そしてベッドの、マットの、裏を、ハサミで程良く切り裂きスプリングの隙間に冷たい鉄の塊を入れ込んだ。
「よしと…」
手を払いながら匂いが残っていないかを確かめ、机の引き出しから新しいノートを3冊取り出し私は船長室へと戻って行った。
やっと楽しみが…出来た