《2》
□淡い温もり
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次の日の朝を迎え私は朝食を食べ終えていた。
海楼石の手錠を外されまた患者服を着て脚の傷の抜糸は一週間後に予定された私と、撃たれた脾腹の弾の摘出手術を終えて間もないベポは医務室のベッドに寝かされていた。
この船の皆が助けに来てくれたのはやはり私があの船に乗せられてから3日目の夕刻だったという。
ベポは命に別状は無くしかし暫く絶対安静という事だった。
隣に並ぶベッドに横になっているベポを見つめながら私は自責の念を抱いていた。
「私のせいで…ごめんねベポ…」
傷が良くなり元気になったら美味しいご飯を沢山作ってあげよう…私はそう心に決めていた。
ガチャ
「名無しさん、痛み止めを飲んでおけ。」
医務室にトラファルガー・ローとペンギンさんが入って来た。
「痛い痛い痛い痛い……」
私は痛みに顔を歪めながらベッドから上体を起こして壁に凭れた。
トラファルガー・ローはベッドの横にある椅子に座り、ペンギンさんが私に薬と水の入ったコップを手渡してきた。
「ありがとうございます。」
ごくり…
と喉に水と一緒に薬を流した。
コップをペンギンさんに返すと彼はベッドの下のほうに軽く腰掛けた。
何故なのか…
2人ともじっとこちらを見ている。
私は視線をぐるぐると泳がせた。
すると少し気怠そうに首をぐるりと回してからトラファルガー・ローがにやりと口角を上げて私を覗き込む様に見据えこう言ってきた。
「傷が治ったら罰を与える。何がいい」
「ぇ……」
私は一瞬で全身の血の気が引いた。
「お前はこの船から逃げた。戒めが必要だろ」
「あぁぁ…そういう事…ですか…」
そしてそんな私の蒼白い顔を見てペンギンさんまで口角を上げ少し愉しむかの様にこう言った。
「俺達も巻かれたからな。いい度胸してるな名無しさん。俺とシャチからも罰をやろう。」
「えぇぇ…そんな…」
思わずごくり…と生唾を呑んだ。
「シャチの奴がまた落ち込んでるぞ。俺が一緒にいながら何であんな事にーってな。」
「はぁぁ…すいませんでした…」
おどおどしている私を見てペンギンさんは小さく笑った。
「まぁしかし、無事で何よりだ。じゃあ船長、先に行きます。名無しさん、ゆっくり休め。」
ペンギンさんは笑顔のまま医務室を出て行った。
「……」
「……」
そしてまた…
トラファルガー・ローが私を見据えている。
怒られるのだろうかいやしかし、彼の藍色の瞳は陰ること無くまるで深海の様に私を大きく包み込んでいた。
「あ…あのー、ベポはどれ位で動ける様になりますかね?」
ちくちくと傷と共に痛む彼の視線に耐えきれず私はベポに目を遣りながらそう聞いてみた。
すると彼もベポへと視線を移した。
「あぁ、こいつはこれでも野生の熊と一緒だ、すぐ良くなる。心配ねぇ。」
「そうですか…良かった…」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「名無しさん」
彼は帽子を取り傍らの小さな机にそれを置き、また視線を私に戻しから名前を呼んだ。
「ビルジーグ・ガロンの事はもう忘れろ」
「……ぇ」
彼の口から出てきたその男の名前に私は驚き彼を見据えた。
「また奴が動き出す時は次はお前だけじゃない、この船を狙ってくる。これからはあの男の事はこの船全体の問題だ。だからお前はあの男への感情はもう捨てちまえ。分かったか。」
確かにモスカム・ドルテを殺したところで何も変わらず今度はビルジーグ・ガロンが直接動いてくるのだろう。
私の歪みの根が全て消えた訳ではない。
しかし私はあの時…
ハートの船に戻る時に
心が解放されていくのを
揺るぐ事なく感じたのだ。
「船長、もう大丈夫ですよ…私」
私は藍色の瞳の彼を真っ直ぐに見つめ自分の気持ちを伝える事にした。
「もう絶対逃げません。1人で悩んだりしません。前ペンギンさんに言われた事があるんです…助けて欲しい時はそう言えって。これからはちゃんと言います…助けてって。だからもう…大丈夫です。」
そう言って私は心からの笑顔をトラファルガー・ローに向けた。
「そうか…」
彼はそんな私を見つめ暫く視線が絡まり合っていたが、ふと目を逸らした彼は机に置いていた白い帽子を深く被ると椅子から立ち上がり扉へと歩き出した。
しかし扉の前でドアノブに手を掛けたところで彼は止まった。
「名無しさん」
ちらりとだけ振り返り視界の端に私を置くと穏やかな声色でこう言った。
「そうやっていつも笑っていろ」
彼はそれ以上は何も言わずに扉の向こうへと消えて行った。
「はい」
部屋に残った彼の言葉の淡い温もりを私は受け取りそして返事をした。