《2》

□独占権
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コンコンコンコン





「ん…何…時?」

やけに部屋に響くノックの音に意識の裾を引かれた。

まだ眠い…

言う事をきかない重たい瞼を擦りながら時計に目を遣る。

私の見間違いでなければその針の指し示す時刻は朝の5時であった。

こんな朝明けに一体…

コンコンコンコン

「は、はい…今出ます」

まだ覚束ない足取りでドアへと向かった。

ガチャ

「よう、おはよ!名無しさん着替えろ、行くぞ。」

少し眉間に皺を寄せながらドアを開ければそこにいたのは爽やかに白い歯を見せにかりと笑う…シャチであった。

「シャチ…?どしたのこんな朝早く…」

開けたドアにだらしなく寄り掛かりながら私はシャチを見上げた。

「昨日言っただろ、今日お前は俺の言う事を聞く日なの。はい!早く!1分でも時間を無駄にしない!」

「ぇ…あの話は本当でしたか…」

私は乱れた髪を更にくしゃくしゃと掻きながら項垂れてみせた。
すると

「ヘヘ、色っぽいな名無しさん。何か俺変な事考えちゃった…」

「ちょッ…や、やめてよシャチ…あー、着替えますから外で待ってて下さい。」

にやりと口角を上げ舐める様に見るシャチの視線に戸惑い私は急いで扉を閉めた。

そして状況を良く掴めないまま部屋着を脱ぎ捨て白いつなぎに着替え髪を後ろに纏めた。










「シャチー、何をするのー?」

「いいからいいから、来い。」

今だ項垂れながらもシャチに手を引かれ廊下を足早に歩いていた。

階段を下りその行く先はたぶん…





「え…何これ…」

私の目に映ったのは通い慣れた食堂のいつもの席のいつものテーブルに並ぶ、いつもとは違うそれら。

嗅覚を刺激する香ばしい香りの正体はどうやら焼き立てのパンの様だ。

そして甘い香りを漂わすのはこれまた焼き立ての…ケーキ?

そしてそれらの傍らにはピンクとオレンジの可愛らしいチューリップの花束が飾られていた。

「シャチ…?」

私は手を繋いだままの彼を見上げた。
するとシャチは少し照れた様に舌でぺろりと唇をなぞってからいつもの笑顔で私を見下ろしこう言ってきた。

「へへ、やっぱりな。名無しさん、今日こそお前の本当の誕生日だろ?忘れてた?」

「あ…」

そういえば…すっかり忘れていた。
前に1ヶ月早い誕生日をシャチがお祝いしてくれて以来考える事もなかった。
シャチはちゃんと覚えていてくれたんだ。

突然の嬉しい心遣いに思わず胸が熱くなり目の奥が疼いた。

しかしその身体の変化を抑え込み私はシャチに笑顔でこう言った。

「あり…がと。凄い嬉しいよ、シャチ。」

「そうか?でもまぁ礼を言われるのはまだ早い。まず食って欲しいんだ。座って!」

そう言うとシャチはまた私の手を引き誰もいない食堂の奥のいつもの席へ座るよう促した。

「あのーもしかしてこれまた…シャチが作ったの?」

前回の可愛いお菓子をシャチが作ってくれた事を思い出したのだ。

「当たり前だ、心を込めた祝いをするって事はそういう事だ。」

私の正面の席から頬杖をつきサングラスを外しながらシャチは自慢気にそう答えた。

「このパンはクロワサーンて言うんだ。こっちのはエックレアだ。両方西の海の食い物だ。美味そうだろ!」

「ハ…ハハハ。シャチって何か見た目とのギャップ激しいよね…」

思わず苦笑い混じりにそう言ったが、その大きな手でこんな器用な事をするシャチを私は尊敬の眼差しで見返した。

「いいからほら、温かいうちに食え。」

「う、うん。頂きます。シャチも一緒に食べよ?」

まだほんのりと温かいクロワサーンを食べてみるとその美味しさに私は歓喜の声を上げた。

「シャチっ!美味しいぃぃッ!」

「へへ、だろー?何てったって俺の愛がたーっぷり入ってるからなー!」

一緒にクロワサーンをつまみながらそう言うシャチのとびきりの笑顔に私も笑顔になった。

しかしそれにしても一体何時からこれらを作っていたのだろうか…。
それを聞くのは恐ろしいので辞めておいた。

「名無しさん、あとこの花は部屋にでも飾ってくれな。サフル島で買い出しのついでにコックに頼んでよ、冷蔵庫に入れといてもらったんだ。お前はチューリップが似合うかなってよ、俺は思ったんだ。」

「あ、私チューリップ大好きだよ!ありがとシャチ。凄い何か…言葉で表せないくらい。本当に…」

思わずまた涙が出そうになった。
しかし鼻を啜り誤魔化したがそんな私の感情を読み取ったシャチはぐわりと前のめりになり私の頭に優しく手を乗せてきた。

「名無しさん、俺こそありがと。へへ、そんなに喜んでもらえると俺も何か感動するわ。」

そう言って乗せていた手で折角纏めていた髪をわざとぐしゃぐしゃにしてきた。

「今日はよ名無しさん、午前中は一緒に洗濯だ。んで夕飯終わったら俺の部屋でまた祝いだ。な!」

「え…部屋?」

乱された髪を直しながら私は思わず眉間に皺が寄った。
部屋に2人きりというのは少し抵抗を感じてしまったのだ。

そんな私の反応を見てシャチは顔の前でぶんぶんと手を振りながら慌てて言葉を紡いできた。

「あいや、ちげーよ。変な意味なんてねぇ、本当だ。俺はただ今日という特別な日に、お前を独り占めしたいだけだ。疚しい気持ちはねぇからよ。」

いくらサフル島での件の罰とはいえ全て言いなりという訳には勿論いかない。

しかしシャチの今朝の言動に対して私は疑いを持つ事を止め信じる事にした。

「うん、わかった。でもあんまり遅くまでは…」

「あぁそうだな。大丈夫だ。」

そしてクロワサーンを食べ終わり私達はコーヒーと一緒にエックレアを食べ始めた。

これもまた素晴らしく美味しいものであった。

お腹もいっぱいになり2杯目のコーヒーを啜り始めた頃に早番のクルー達がちらほらと食堂に姿を現し始めた。

「あれ?お二人さん、朝っぱらからいい感じっすねー!」
「ちょっとちょっとぉ、復縁したんすかー?」
「いやぁ、やっぱりねー。俺的には名無しさんにはシャチが1番お似合いだと思ってたんだよねー!」

無邪気にしかしにやにやと含みを持たせたその声掛けにぴくりとシャチが反応しそしてゆっくりと椅子から立ち上がった。

「おいてめぇらよ…空気を読むっていう大人の対応を期待した俺が馬鹿なのか…?それともやっぱりてめぇらが馬鹿なのか?どっちだ…言え。」

さっきまでの優しい笑顔はどこへやら、シャチは恐ろしく黒いオーラを纏い始め低い声でクルー達に語り掛けた。

「また…めちゃくちゃっすよね…」
「俺達はただ羨ましいなぁって…」
「そうっすよ…シャチさん…」

「俺に文句か?あぁ?」

「「「いや…あの…すいませんしたぁぁぁ!!!」」」

























そんな楽しいやりとりをしながら私達は早めの朝食を終え、眠そうなシャチを説得して洗濯の時間までは其々自分の部屋に戻ろうと一先ず別れる事となった。
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