《2》
□意地の決闘
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どれくらいぶりだろうか…
トラファルガー・ローに
呼び止められた。
「船長室へ来い」
甲板へ向かおうとしていた私は踵を返し仕方なく船長室へと向かった。
ガチャ
確かここに来るのは2週間ぶりだ。
「失礼します。」
船長室の扉を閉めるとトラファルガー・ローはいつもの椅子ではなくソファに腰掛けそして人差し指で私を招いた。
少し戸惑ったが促されるまま私は隣に腰を下ろし口角を上げこちらを見据える彼を私も見遣った。
「どうしたんですか?船長。」
すると彼は私の肩に手を回しその藍色の瞳を近付けこう言ってきた。
「お前、どうやってペンギンまで手懐けた」
「は、はい?」
その言葉の意味を理解出来ずに私は間の抜けた顔になった。
しかしトラファルガー・ローは言葉を続けた。
「わざわざ俺に言ってきやがった。お前に惚れてるってな」
「え…ペンギンさんが…ですか?」
そういえば昨日は午後からずっとトラファルガー・ローとペンギンさんは船長室に籠っていた。
彼の言っている事を理解した私は少し考え込みそして言葉を紡いだ。
「私は何も…手懐けたなんて言い方やめて下さい。」
そう言って腰を上げようとした。
が、トラファルガー・ローに腕を掴まれ引き寄せられた。
「名無しさん、船の中で誰と何をしようがお前の自由だ。だがお前は俺の女だって事を忘れんじゃねぇ」
顎を掴まれ視線まで捕らわれた。
しかし私はこの際どうしても1つだけはっきりと彼に聞いておきたい事があった。
「あの船長…私はいつから船長の女なんでしょうか…」
私の問い掛けに彼はぴくりと眉を動かしそして耳に唇を当て囁いてきた。
「この船に来た時からお前は俺のもんだ。名無しさん、今日は俺の罰を受けろ。お前を本当の女にしてやる」
そう言うと彼は…耳に舌を這わせてきた。
「…ッ!」
思わずびくりと身体が跳ねた。
その反応に彼は一瞬私を見てにやりと微笑んできた。
そして耳から首へと舌を移動させ私を乱そうとしてくる。
「や、やめて…下さいッ…!」
霞みそうになる思考を振り払い私は肩に回された手をするりと抜け立ち上がった。
「私は…誰のものでもありません…ッ!だから…こういうのは…やめて下さいッ!」
そう言ってトラファルガー・ローを睨みつけた。
すると彼はソファから腰を上げ私をちらりと見てから本棚へ向かい分厚い本を1冊選び取るといつもの椅子に腰掛けそしてこちらを見る事なくこう言葉を発してきた。
「そうか、誰のもんでもねぇか。だがな、名無しさん…俺達は海賊だ。欲しいもんは必ず手に入れる。お前…いつまでそんな反抗してられるか楽しみだな」
その言葉に私は奥歯をぎりりと噛んでから船長室を後にした。
「まったく…ッ!人を何だと思ってるんだろ。私は…誰のものでもない。」
苛つきながら甲板へ足を運び片隅の手摺りに身体を凭らせ海と空の青に目を遣った。
「ふぅぅ…落ち着け…」
水平線にそって長く雲が連なっている。
それはまるで山のようで島が近いと思わず錯覚してしまいそうになる程だ。
「ジャカル島みたい…」
父に船を降ろされたあの日を思い出した。
何も知らない私は同じように甲板の手摺りからその美しい風光の地を眺め目を細めたものだ。
私の歪んだ塊は…今どこに。
いやまだここに…変わらず…
しかしそれでいい。
今は自分の歪みも受け入れよう。
この船がそれを受け入れてくれるのだから。
シャチの想い
ペンギンさんの気持ち
そしてトラファルガー・ローの言動
私は彼らの事を信頼し大切に思っている。
でもそれは彼らが私に求めているものとは違う。
「面倒臭いなぁ…もっと普通にさ、皆で笑ってさ、楽しくいられればそれでいいのにね…」
空の青に1つだけ浮かぶ白い雲に
ぼやく自分が何だか虚しい。
その時…
「名無しさんッ、何ぼやいてんだ?」
振り返るとシャチが両手をつなぎのポケットに入れこちらに歩いてきていた。
「お前、溜まってんだろ?」
にやにやと私を見遣りながら手摺りの隣に背中を凭らせた。
「違うよ…ちょっとね。苛々してさ。」
「またか。お前はすぐ悶々とするよなー。そんなもん吐けッ!吐き出しちまえぇぇーッ!」
拳を空に掲げ笑ってみせるシャチに思わず私は吹き出した。
「ハハッ!シャチはいいよねー、悩みとかなさそー。」
「お前失礼な奴だな。俺だってな、泣いたり怒ったり忙しいんだ。」
確かに。
シャチは感情を濁す事なく全身で表出してくる。
それは私からすれば羨ましい限りだ。
彼のその真っ直ぐな人格が私は大好きである。
そしてそんな彼を見込んで私はある事を提案しようと試みた。
「あのさー、シャチ。シャチにね…どうしてもして欲しい事があるんだけど。」
「おぉ…何だ?お前の為なら俺に出来ねぇ事はねぇ。何でも言え、抱っこか?それともおんぶか?」
実際私が真剣に彼を見据えると途端動揺しわざと戯けるシャチもまた可愛い。
「ハハハハハー。あのねシャチ…今、私と、決闘して、欲しい。」
「おぉそうだな…おぉぉぉーッ!?」
突然の私の言葉にシャチは手摺りからずるりと背中を落としてからがしりと私の肩を両手で掴み顔を覗き込んできた。
「名無しさん?お前…大丈夫か?酒…酒飲んだのか?」
サングラスの奥の瞳がおよおよと泳ぎ至極真面目な顔で言葉を掛けてきた。
「違うよ本当にッ!私と勝負して。ちょっとスカッとしたいの。いい?」
私はにこりと彼に微笑んで見せた。
「え…っと、そうか。いやでも…お前武器は?」
「シャチはダガーでしょ、だから私は短剣でいいから。」
「マジか?」
「うん、マジで。」
するとシャチは私の肩から手を離し帽子を取ってぐしゃぐしゃと髪を乱してからこう言った。
「へへ…そっか。よしそれ乗ってやる。がしかしだ、やるなら本気だ。そして条件を付けよう…どうだ。」
口角を上げ何か悪戯を思い付いた少年の様に見遣ってきた彼に迷う事なく私も言葉を返した。
「いいよ。じゃあ私の条件は…私が勝ったら、女としてじゃなく同志として私を見て欲しい。他のクルーと同じように特別扱いしない。いい?」
「ほほほぅ…そうきたか。俺の条件は簡単だ。名無しさん、俺が勝ったらお前は俺の女だ。何があってもずっとな。よし、決まりだ…やろうか。」
そう言うと持っていた帽子を甲板の床に叩きつけサングラスを外しベージュの瞳を鋭く光らせてきた。
「じゃあ私、短剣持ってくる。」
私はその綺麗な瞳に手を振って1度武器庫へ短剣を取りに船内へと戻った。
ガチャ
久しぶりの武器庫。
確か短剣は黒い箱の中だ。
がちゃりがちゃり
感触を確かめ、決めた。
「これにしよう。」
それは柄の部分に金の装飾が付いた私の手にも馴染む短剣だった。
鈍い光が…美しい。
にやりと口角を上げそれを手にしたまま武器庫を出ようとした。
その時…
「名無しさん、何してる。」
ペンギンさんが海図の束を抱えたまま少し私を警戒するかの様に見据え声を掛けてきた。
「何でそんな物持ってるんだ?」
「あ…いや、えっと…違いますよ、変な事してませんッ…」
その少し怖い顔をしたペンギンさんに私は思わず短剣を持ったままその手を胸の前に掲げた。
「あの…決闘ですよ、決闘ッ!シャチと…」
「は?お前…酒でも飲んでるのか?」
シャチと同じ事を言われ私はがくりと肩を落とした。
「違いますよ…ペンギンさんまでそんな。たまには私だって…憂さ晴らしさせて下さい…」
「あのな名無しさん、アイツは確かに馬鹿でアホだが…アレでも戦闘はプロだ。怪我するだけだ、止めとけ。」
その常識的な言葉にかちんときた私はペンギンさんを睨んでからこう言った。
「怪我が何ですか。私だってこの船のクルーなんです。いつまでも女扱いしないで下さいッ!」
そして武器庫の入り口を塞ぐように立っていたペンギンさんにわざとぶつかりながら私は足早に甲板へと戻って行った。
女だからっていつまでも
男に抑えつけられるのは
嫌…