《2》

□朧気な赤光
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スカッとしたその日の夜。
私は1人見張り台に登り星の観測をしていた。





カリカリカリカリ

1番大きな星…あれはシリウスだろう。
宝石のように白い光を瞬かせるその力強さが私は好きだった。
しかし赤く朧気に浮かぶ火星もいつも気になる。

確か何処かの海に星を見る事が出来る望遠鏡があると聞いた事がある。

いつかそれを手に入れて星団や儚い星屑をゆっくりと見てみたいものだ。

「そういえば今日は新月かぁ…」

姿を隠す月を想い私はその存在に思考を持っていかれた。

満月の夜の海も最高だ。
その光に照らされ海が輝くのだ。

その光る波間にイルカの群れを見た時私は…泣いた。

あれは父の船…じゃない。
ジャカル島にいた時だ。

やはり空と海、この2つの存在に私は癒されそして生かされている。

ぼんやりとそんな記憶に浸っていた、その時…

「……」

誰か来た。
もしかして…










「船長…」

この船の人間ならば誰だって驚くであろう。
トラファルガー・ローが見張り台に登ってきたのだから。

彼は姿を表すとしかし何も言わずに私の隣に腰を下ろしてきた。

私は驚きを隠さずまじまじと彼を見遣った。

「え…っと、どうしましたか…船長。」

私のその問い掛けに彼はぴくりとも反応せず正面にぼやける火星にただ目を遣っている。

はっきりと輝くシリウスよりその揺らぐ火星を見つめるのが何だか彼らしい…そんな事をふと思った。





「……」

「……」

彼は何も言葉を発しない。
私も気にせず星の位置をノートに記録する。

ごく当たり前の事のように何の違和感もなくその時間の中に私達は身を置いていた。

「よしと…終わりッ」

大切な水色のペンを挟んでノートを閉じ私は持ち込んだポットからカップへとコーヒーを注ぎ一口啜った。

「ふぅぅ…」

ほっと一息とは正にこの事だろう。
私は何も言わずにそのカップをトラファルガー・ローにも差し出した。

彼はそれを一口啜りまた私に返してきた。





「……」

「……」

彼は何を思いそんなに火星に目を遣るのか。
私はそんな彼を盗み見していた。

綺麗な横顔…

やっぱりまつ毛が長い
夜空よりも深い藍色の瞳
濡れた紅い唇

飽きる事なく彼を観察した。

「何だ」

「ぇ……ッ」

突然前を見据えたままトラファルガー・ローが言葉を発した。

私はすぐに目を逸らし光る粒のない闇の空間に視線を移した。

「い、いや…あのー、船長は寒くないです…ね」

狼狽えてしまいどうでもいい事を口にした。

「お前が寒いなら温めてやる。身体の芯からな」

そう言うと彼はやっと私に目を遣りそしてにやりと笑った。

「ハハ…大丈夫です。でも夜はやっぱ冷えますね。あ、明日は雨です。」

「そうか」

トラファルガー・ローがいつもと違う。
私にはその理由が分からなかった。

しかし暫くして突然彼は私の腰を掴み自身の脚の間に引き寄せそしてそのまま後ろから抱き締めてきた。

「あ…あの、船長?」

私の首に顔を埋め彼の無の匂いが私を包み込みそして彼もきっと今私の匂いを感じている…そんな気がした。

「名無しさん」

熱い吐息と共に掠れた彼の声が私の首筋から全身を駆け抜けた。

「お前は…本当掴めねぇ」

「は、はい?」

私はきょとんと彼を振り返…ろうとしたが彼は顔を埋めたままでそれは出来なかった。

すると彼は掠れた声のままこう言ってきた。

「お前は男を愛する事も愛される事もまだ知らない。お前がそれを拒否してるからだ。何が恐い」

「……」

私は…固まった。
彼の言葉が胸にぐさりと刺さってきたからだ。

そして何故だろうか…
急に泣きたくなってきた。

「答えろ。何で逃げる」

「…いえ、私…は…」

後ろから腰に回された彼の腕を私はぐっと掴みそしてその手が微かに震えた。

そんな私に気付いた彼はその腕に更に力を入れ私を包み込んできた。
そして…

「今日みたいな戯れ事はいいだろう。だがまだ誰も本当のお前を知らない。お前の心はまだ解放されていない」

「……」

駄目だ…
彼の言葉は私の塊に直に染み込んでくる。

堪えていた涙が…思わず落ちた

しかし私は言葉を紡いだ。

「船長…私は…大丈夫です。幸せだって今、はっきりと言えます…本当です。私の居場所はここしか…ないんですから。」

上擦ってしまう声を絞り出し自分の意思を彼に届ける。

「ただ誰かを愛するとか…愛されるとか…それはまだもう少し…待ってもらえますか…私今は…でもいつかきっと…」

「名無しさん」

「は、はい…」

トラファルガー・ローは言葉を遮るように私の名前を呼ぶとくるりと彼の正面に向かせ頬を濡らす私の涙を優しく親指で拭ってから囁くように言葉を紡いできた。

「お前が誰かの女になる時その誰かは俺だ。それだけ覚えておけ。それまでは好きにやればいい」

そう言うと彼は私の耳にキスを…してきた。

「だがこの耳は俺のもんだ。誰にも触らせるな」

そして鼻が触れるか触れないかの距離にある彼の藍色の瞳が私を見捕らえた。

すると彼はにやりと口角を上げるとそっと私から離れ立ち上がった。
そして…



「お前の何がそんなにいいのか俺には分からねぇ」

「…は?」

「クク…いい女なら他にいくらでもいる」

「…へ?」

「だが楚々る女はお前だけだ」

そして彼はにやついたまま見張り台から下りていった。










「な、何だったんだ…」

また私を掴めないと言いそんな彼をまた掴めないと思う自分がいた。

「トラファルガー・ローは…不思議…」

さっきまで彼が見遣っていた火星を同じように私もただぼんやりと見遣ってみたが、トラファルガー・ローの思考を辿る事は出来なかった。

いつか誰かを愛する…それは誰か。

この船での私の長い航海にはどうやら今までにない大きなうねりがありそうだ。

うねりに乗るか呑まれるか…



























今の私には…
良く分からなかった
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