《2》

□空からの確報
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その日の午後も私は甲板の隅に腰を下ろし空を見上げていた。

午前中の雨に洗われた大気が爽やかな風を吹かせ私の髪を靡かせてくれていた。が…





「ん?…あれ?…あーッ!」

その風を受けにんまりと青を感じていたその時、ひゅるりとそこを流れる白い存在に気付いた私は急いで手を振り声を上げた。

「おぉーいッ!こっちッ!下さーいッ!」

いつもは朝に見掛けるニュースクーが雨のせいだろうかこんな時間に新聞を持ち羽ばたいていたのだ。

「クーッ!」

「はいッ!ありがとー!」

手摺りに止まり帽子に羽根を当て一礼する可愛い新聞屋さんにポケットから出した小銭を渡して嘴から新聞を受け取った。

その可愛いニュースクーを笑顔で見遣ると彼は器用に小銭を鞄に仕舞って私に羽根を振りそしてまた空へと羽ばたいて行った。





「船長船長…」

この船でまず最初に目を通すトラファルガー・ローに新聞を渡そうと私は船長室を目指し船内へと続く扉へ歩きながらもその一面をちらりと盗み見た。
すると…


「……!」


私は一瞬立ち止まり…船長室へ向かう事を止めた。
そして踵を返しまた甲板の隅に戻るともう1度新聞を今度はちゃんと…読んだ。










【ジャカル島にバスターコール発動】
【島は全焼】
【海軍の目的は不明のまま】










「バスター…コール」

その新聞の文字と同じ物を私は散らかる記憶から見つけ拾い上げた。

その言葉には覚えがありそして思い出したのだ。

ジャカル島にいた頃ステン・ラウリーから何度も聞かされた事がある言葉だ。

その昔、オハラという島を焼き尽くしたそれは無慈悲なただの殺戮であると。

自慢気に笑いながら話すステン・ラウリーのその様子に私は毎回吐き気を感じぎりりと奥歯を噛んでいたのだ。

「ドルさん…島の皆も…死んだ…の?」

思わず新聞から目を逸らしたがそれを持つ私の手は震え途端目からはぽろぽろと涙が溢れ出した。

いくらお金と引き換えに海軍に私を売ったとはいえ変わる事なく私はドルさんに感謝していた。

店の常連さんは?
一緒にキャンプをした友達は…

「ぅぅ…ッ!」

ぐしゃり…
私は持っていた新聞を握り潰した。

「あいつ…だ…」

私の脳裏に鮮明に浮かぶのは
あの男…

「ビルジーグ・ガロン…ッ!」

私は握り潰したその紙の塊を
力いっぱい海へと投げ捨てた。

これは私への
メッセージだ…

逃がさない…と










「船長…すいません」

私は甲板の手摺りに力なく身体を預けつなぎの袖で濡れた頬を拭ってから空を仰ぎそして目を細め呟いた。



「船長の言う通りでした。私の心は…解放されていません。どうやら私の感情だけでは…どうにもならないみたいですね」



濁りなくすっきりと晴れ渡る空にそれは受け入れられたのかそれとも流されたか…

自分の言葉の行く先を確かめる事はせず私は1人苦しい笑みを漏らしてから操舵室へと戻って行った。










「お疲れ様でーす…」

俯いたまま操舵室へ入り私は操作台の椅子に腰を下ろして海図の下書きに手を付け始めた。

「あ…ッ!忘れたッ…」

観測ノートと大切な水色のペンを甲板に置いてきてしまった事に今更気付いたのだ。

私は舌打ちをしながら腰を上げまた甲板へ戻ろうとした。
すると…





「これか?」

振り返ったそこにペンギンさんがいた。
そしてその手には私が今取りに行こうとしていたノートとペンが持たれていた。





何故…
甲板にいた私を見ていた?

「あー…すいません…」

私は苦笑いをしてその2つを受け取ろうと手を伸ばした。
が…

ペンギンさんはそれらをひょいと上へ掲げた。

「…え?あ、あの…」

きょとんとした私の顔にしかしペンギンさんはそのグレーの瞳を鋭く光らせた。

「名無しさん」

「……」

私は今…逃げたい

そう思った。
何故ならこの人は私の心の揺らぎにきっとまた気付いているからだ。

するとペンギンさんは無感情に私を見下ろしこう言ってきた。


「助けを求めろ」


私は鋭く突き刺さるその視線から目を逸らしそして心を見透かしてくる彼から逃げようと歩き出した。

「……ッ!」

がしかし叶わなかった。
ペンギンさんが私の左腕を掴みそれをさせなかったからだ。

「名無しさん、また逃げるのか。1人じゃ何も解決しないぞ」


ペンギンさんが…恐い。


しかし私は見据えてくる彼を睨みつけ言葉を投げた。

「離して…下さい。仕事が出来ません」

「仕事はいい。お前の話をしろ」

また苛ついてしまう…
何故この船の人達はこうも私を捉えようとするのか。

私は頭がくらくらしてきて眉間に皺を寄せた。

すると一瞬…私の身体がぶるりと震えたかと思うと私の中の管を流れる血液がどろりと動きを鈍らせ始めそしてぷつんとその薄い膜を破り体内にそれが漏れ出す感覚に襲われ…

途端私の思考も…壊れた。


「…放っといてくれませんか…ッ!」


次の瞬間私は右腕を振り上げそしてペンギンさんの鳩尾に拳を叩き入れていた。

しかし…ペンギンさんはびくともせず1度帽子を目深に被り直し瞳を隠すと、冷たい空気を纏いながらこう言葉を発した。

「名無しさん、お前は1人でこの海を生きているつもりか…だとしたらとんだ勘違いだな。前に言ったよな?俺はシャチの様に優しい人間じゃないと。これからする事は俺の独断だ。そしてこれが俺からの罰だ」

そう言うとペンギンさんはぐいと私の両腕を後ろに拘束しそのまま引き摺る様に操舵室から私を連れ出した。

「やッ…離してッ…!」

操舵室にいる他のクルー達が皆、唖然と私達を見遣っている。

ペンギンさんは構わず抵抗する私を引き摺り無言で歩を進めていった。

























ガチャッ!

「うぅッ!!」

どさりッ
と押し込まれたそこは
1階の倉庫だった。

「自分を変えろ名無しさん。そして助けてくれと俺達に泣きついて懇願するんだ。それまでは…ここにいろ」

倒れ込んだ私に冷たくそう言葉を投げ付けるとペンギンさんは錆び付いた重い扉を閉めそしてがちゃり…と鍵を掛けた。










途端暗く静まり返る倉庫
そこは窓もなくその広さの割りには荷物が少なかった










ドンドンドンドンッ!!

「出してッ…!ここからッ!…出し…てッ!!」

虚しい叫びが倉庫の中だけに響いた。
扉の向こうには誰もいない。

何で私がこんな目に…
ここは敵の身柄を拘束する場所だ。
まさか自分が閉じ込められるなんて。

ドンドンドンドンッ!

「私…を…ッ出してぇッ…!」

乱れる髪と思考をお構いなしに私は叫び続けた。

ドンドンドンドンッ!

「うぅ…ゥ…ッ!」

歪みが疼く
頭がおかしくなりそうだ…

私の拳からは血が…滲み始めていた





























誰にだって
放っておいて欲しい時と
そっとしておいて欲しい心の傷が
…あるでしょ
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