《2》
□優狂の囲い
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結局風呂場で蹲ったままの私を
迎えに来たベポが見つけ、髪と身体を洗い着替えをさせてから倉庫まで連れ戻した。
ガチャ
「名無しさん…布団もあるし、あと本とノートと水色のペンもその木箱に置いてあるから。ランプはまた夕飯の時に持ってくるから待ってて。」
「ベポ…ありがと。」
私は精一杯の作り笑顔でベポにお礼を言った。
「じゃあ…また後でね!」
ベポもにこりと無理して笑って倉庫を出て行った。
窓も明かりもない倉庫は例え日中でも中は暗く目が慣れたとしてもさすがに本は読めないであろう。
私は木箱の上のペンを掴みその色を確かめた。
『お前の色、空の色だ!』
何故だろうか
シャチのあの笑顔が
…とても恋しい
トラファルガー・ローに身体を知られた私にはもう、彼と向き合う権利などないのに。
この薄闇の中での私の思考はどれも同じく暗く湿っていた。
コンコンコン
がちゃり
ガチャ
「名無しさん…ご飯とランプ、持って来たよ。」
もうそんな時間。
私は布団に寝転がりずっと天井の黒い染みを見て過ごしていた。
「あ…ありがとベポ。」
急いで起き上がりベポを見遣った。
すると…
「名無しさんッ!」
ベポの後ろに隠れていた彼が飛び出し私に抱き付いてきた。
「名無しさん…ッ!大丈夫かッ?」
「シャ…チ…」
それはまるで暫く会っていなかった恋人達であるかの様に、私もシャチの首に抱き付き彼の匂いを身体に吸い込んだ。
「ちょっ…ちょっと…静かに!」
扉の前に立ったままのベポが肉球を1つ口に当て急いで扉を閉めた。
「シャチ、見つかったらキャプテンに怒られるんだから!内緒で来た事忘れないで!」
「おぉぉぉ…そうだったな。てか暗過ぎだろ。名無しさんをこんな所に閉じ込めるなんて頭おかしいんだよペンギンの奴よッ!」
そうベポに言うとシャチはまたその腕の中に私を抱き寄せた。
「だからシャチ…早くランプつけようよ!」
「あぁぁぁ…うるせえなぁ!俺は今名無しさんを抱き締めてんだよッ!お前やってくれ。」
「オレの手じゃ無理なの!シャチ手伝う約束だったでしょ!」
2人の会話が可笑しくて私はついつい吹き出してしまった。
「ハハ…まぁまぁ、私やるから。シャチちょっとごめん。」
シャチの腕を抜けてベポからランプを受け取るとぼふりとマッチを擦りランプに灯を燈した。
途端薄闇の部屋がオレンジ色の光に揺らぎ始め私の思考も少しばかり明るくなった。
「頂きます。」
ベポに渡されたご飯に手を合わせ今日初めての食事に手を付けた。
そういえば今日という日はベポの朝食作りに始まり長い1日だった。
時計の針は毎日同じ時を刻むのに、人が感じる時間とは曖昧なものである。
同じ事の繰り返しの様でもまったく同じ日なんて一日たりともないのだから。
だから人は
…毎日生きるのだろう
「名無しさん、お前よ…とりあえず船長とペンギンにごめんなさいッ!って言ってこっから出してもらえばそれでいんだよ、なぁベポ。」
「まぁ名無しさんは何も悪い事してないからね。ただキャプテンとペンギンも名無しさんを思って…」
「おいおいおいおいッ?何が名無しさんを思ってだよ…こんな捕虜みたいな扱い、名無しさんの事知ってたら出来ねぇだろが普通よ…」
「じゃあシャチがはっきり言えばいいじゃんキャプテンに!」
「あぁぁ?いやいや…それはベポが言ってくれッ!お前船長のお気に入りなんだからよ!」
「あのあのあのあの…落ち着いて2人とも。私は大丈夫だからッ。何とかします、自分で。私もこれを機に少し考えてみようと思ってさ…色々。」
お腹に染みる美味しいご飯を口に詰め込みながら私は2人に笑顔を向けた。
「考える?何をだ…」
シャチが私の言葉に食い付いてきた。
「い、いや…あのー、アレとか…ソレとか。とにかく色々ッ。」
「あ?」
「シャチ!名無しさんがアレとソレって言ったらアレとソレなんだからいーの!ねー名無しさんッ!」
「う、うん…そうそう。」
「何だよそれ…まぁいっか、とにかく俺が名無しさんが早くここ出れるように掛け合ってみるわ、な。」
「ハハハ…ありがと、シャチ。」
ご飯も食べ終わり私達は他愛ない話をして笑い過ごしていた。
シャチとベポは私にとってこの船の中で最大の癒しの存在である事は間違いないであろう。
シャチは私の隣に座り肩に手を回してこれでもかという程に密着していた。
私もそんなシャチに寄り添い彼に凭れていた。
しかし…
「名無しさん、さっきから気になってんだけどよ、お前何か…匂い変わった?」
「え…どういう事?」
私はきょとんと彼を見遣った。
「どういう…えーっとな、何て言ったらいいんだ?お前…女の匂いがする。」
「は?だって…私、女でしょ?おかしい?」
「いやだからそうじゃなくてよ…アレだよ、アレ。あのー、男を誘う匂いだ、うんうん。」
「……」
ふわり…とトラファルガー・ローの存在が私の脳内に浮かび上がった。
そしてシャチの言葉の意味が
…何となく分かったのだ。
逆に私をきょとんと見つめるシャチに途端視線を泳がせ始めた私はベポに話を放り投げた。
「何をぉぉ…言ってらっしゃるのか全っ然わっかんないッ!…ねぇベポ?」
するとベポはきらりと可愛い黒目を光らせこう言葉を返してきた。
「あー、でもオレもそう思ったよ!名無しさんお風呂で船長と何かあったでしょ!違う?」
「えぇぇッ…」
まさかの返しに私は…固まった。
「それは…何だ、名無しさん…」
ベポの言葉と私の反応に、シャチは一気に至極真面目な顔になり私の肩を掴み顔を覗き込んで聞いてきた。
「お前…船長と…何かあったのか」
「い、いえ…何、も…」
否定の言葉を紡ぐがしかし私の視線は右往左往飛び散っていた。
「名無しさん?嘘は…つくな。何かしたか?どうなんだ?」
やはりこの船の人達は誤魔化そうとする私を決して逃がさない。
「わ、私…が…いやッ…私…は」
すると、明らかに動揺し言葉を詰まらせる私をシャチは突然ぐいと引き寄せ痛い程に抱き締めてきた。
「シャ…チ…ッ」
シャチの胸に顔が押し付けられた私は息が止まりそうな程に苦しくなった。
「ふぅぅぅ…そうか。いや…それは何かの間違いだ。そうだろ、名無しさん…」
「ッっ…」
彼の背中をタップする私に気付いたシャチは腕の力を少し緩めたがしかし私を離そうとはしてくれなかった。
そしてそんな私達を見て正面に座り気象の本をぱらぱらと遊ばせていたベポもシャチの鋭い空気を察知し動きを止めていた。
「名無しさん、お前は誰にも…触らせねぇ。例え船長でも…俺はお前を…他の男には絶対渡さねぇッ…!」
ぎりぎりと奥歯を噛む音が彼に包まれた私の身体に振動として伝わってきた。
私は彼のこの
切ない想いが
…心地いい
そんな事を考える私は
トラファルガー・ローの言う通り
嫌な女に違いない。
「シャチ…そろそろ戻ろう!余りここにいると誰か来るかもしれないから!」
2人の様子を見兼ねたベポがシャチに声を掛けた。
「おぉ…分かってる。けどちょっと待て。」
そのベポの言葉にやっと私を離ししかし肩を掴んだまま私の目を覗き込んでシャチはこう言ってきた。
「1つだけ覚えとけ、名無しさん…お前がもし他の男に身体を許すなら…俺はお前を壊してでも自分のものにしてやる。分かったか…」
「…え」
その少し狂気にも似た感情を彼の中に見た私は…初めてシャチを恐いと思った。
「じゃあな、ゆっくり寝ろや。」
そう言うとシャチはサングラスの奥からいつもと違う鋭いベージュの瞳を光らせながら口角を上げると、がばりと私を腕の中に囲いキスをし舌を絡ませてきた。
「……ッ!」
優しくしかし激しいそのキスに私は抵抗する事も出来ずにただ強く抱き締めてくる腕の中でされるがままに彼の熱が冷めるのを待つだけだった。
シャチ、ペンギンさん
そしてトラファルガー・ロー
本物の男は大きな優しさと
…狂気を合わせ持つ