《2》

□揺らぐ橙
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「名無しさんも大変だねー!でもどうなるか楽しみッ!」

「ちょっとちょっと…」





長く波乱な1日を終えた次の日
私は倉庫でベポが運んでくれた朝食をがつりと食べていた。

「前にねシャチやクルー達と話してたんだよ。名無しさんはね、大気の能力者だからさ、本当に空気みたいに掴めないし何を考えるてるのか見えないよねって!」

「えッ…そんな事、ないでしょ…」

「ううん、そうだよ!ふわふわしててさ…今、目の前にいても瞬きしてる間に風に吹かれて消えちゃいそう。だから皆、名無しさんの事心配でしょうがないんだよ?」

「ハハハ…そっか…」

不思議な事をベポに言われ少し戸惑ったが、何となくその言葉を私は心に留めておく事にした。

「じゃあオレ行くよ、またお昼ね!何か持ってくる物ある?」

「えぇーとね、どうしよっかな…あぁ、コーヒーをね、お願いしてもいいかな。」

「あっ、そうだよね。名無しさんコーヒー好きだもんね。ごめんごめん!じゃ後で持って来る!」

そう言って手を振るとベポは倉庫を出て鍵を掛けた。










「はぁぁぁ…なんだかなぁ…」

私はランプを消し布団に転がり込んで大の字になった。

勉強でもして時間を潰したかったが換気をしなければならない為、ずっとランプを付けている訳にはいかなかったのだ。

何もする事がなくなると考えるのはやはりあの3人の事。

トラファルガー・ローは私に戒めを与えた。
私が今ここにいるのはペンギンさんの罰。
シャチは私に我欲を突き付けてきた。


女の私がこの船にいるからいけないのかそれともただ単に私という女が…いけないのか


やっぱり私は…考える事を
止めた





「あ、そうだそうだ…」

ある事を思い出し思いついた私は布団から起き上がりそしてまたぼふりとランプに灯を付けた。

前にふと思った事
そして前から気になっていた事





ランプに照らされ揺らぐ空気を見据えそこに意識を集中させた。

そして両手のひらを上に向けそっと自分の前に出す。

感覚を研ぎ澄まし
即席の呪文を…唱えてみようか
…そう、彼の様に


「“ライトボル”」


すると、ぶわり…


「これ…」


下さい…と差し出した手のひらに、照らされ揺らぐ空気が光る球体となり浮かび上がった。

「ハハ…やっぱり…出来た…」

その熱を持たない光の丸を私はふわりと天井に浮かべた。

アトアトの実の大気人間。
鍛錬すれば大気も操れると前にトラファルガー・ローは言った。

今の私に大気は操れなくとも目の前の空気くらいなら出来るのではないか…そんな事を前々から考えていたのだ。

私は立ち上がりランプの灯をふぅぅと消したがしかし倉庫の中は球体に照らされ明るさを保ち、これなら換気を気にせずいつでも勉強が出来るだろう。

「ハハハー!誰かに、自慢したい…」

サカーのボール程あるオレンジの丸をにんまりと見上げながらしかし孤独な自分に虚しさを感じ、独り言をぼやき落とした。










彼らに…感謝しよう。
突き放され追い込まれた事で私は新しい何かを自分の中で探し始めたのだから。

「さて…と、勉強でもしますかッ」

ずずずと木箱を引き摺り倉庫の真ん中に置くと私は本とノートを広げ水色のペンを握り気象の勉強を始めた。










コンコンコンッ

扉から響いたノックの音に一瞬肩を揺らした。

ベポじゃない
…このノック音は

「は、はい…」

がちゃり

ガチャ

「コーヒー…飲むか」




















「あ、ありがとうございます…」

今日は防寒帽を被っていないペンギンさんが差し出すコーヒーを私は少し狼狽えながらも笑顔を作り彼を見上げ受け取った。

「勉強か…偉いな。」

彼は立ったまま暫く私を見つめていたがふと上を見上げると珍しく驚いた顔をした。

「これは?」

驚くのも当然である。
光る球体がほわほわと浮かんでいるのだから。

「あー、コレはですね…ランプで光る空気をですね、少し貰ったものです。」

私は淡々と彼に説明した。

「お前の…能力、か?」

ペンギンさんは球体から私に視線を戻すと首を傾げて見せその様子が何だか可愛く思えてしまい思わず笑ってしまった。

「ハハハ…そうです。1度試してみたかったんです。ペンギンさんのお陰です。ここで色々考える事が出来たから。あ…あと船長とシャチにもお礼を…」

「名無しさん」

「へ?は、はい…」

ペンギンさんは私の名前を呼ぶとそのまま扉の前に腰を下ろした。

「この事は誰か知ってるのか?」

「この事?…コレですか?いえ…まだ。」

私は球体を指で差し示しながらきょとんと答えた。

「そうか…これの他には何か出来るのか?」

「いえ、まだですけど…たぶん出来ると思います、色々。」

私はペンギンさんが持って来てくれたコーヒーを一口啜った。





「……」

「……」

私が持つコーヒーのカップは空になったがしかしペンギンさんは浮かぶオレンジの丸をただ見据えているだけだった。

彼は今…何を思っているのだろうか。
それともその思考は…無…なのだろうか。

そんなペンギンさんの透き通る瞳に映るオレンジの丸をぼんやりと間接的に見ながら私は彼の心を探っていた。
すると…





「名無しさんお前…」

「はぅ…ッ!」

突然ペンギンさんがこちらに視線を向け言葉を発してきたので私は驚いて持っていたカップを落としそうになった。

しかしそんな私の言動は気にする事なく彼は言葉を紡いだ。

「船長と…何をした」

「あぁ…ッ」

からりんッ

せっかく持ち堪えたカップを私は…落とした。

「ハ…ハハハ、割れなくて…良かったぁッ…ね!ペンギンさんッ…」

顔を引き攣らせながら腰を上げカップを拾いちらり…とペンギンさんを見遣ると彼は大きな溜息をつきながら黒髪をくしゃりと握っていた。

「名無しさんお前は…まともな嘘がつける様になるまでここにいるか…」

「ぇ…」

カップを手にまた布団に腰を下ろすとシャチの時同様に私は視線を突散らかしていた。

するとペンギンさんはそのグレーの瞳を微かに揺らしながら話を続けた。

「いや…本当は知りたくないな。お前が他の男に抱かれてる姿なんて考えたくもない。」

「あ、あの…」

「だがそれはお前の自由だ。お前が惚れた男ならそうすればいい。ただ…」

そう言うとペンギンさんは立ち上がり私の前に腰を下ろすと両手で私の頬を雪の匂いと共にふわりと包み込みこう言った。


「出来る事ならいつか…俺の所に来てくれないか?」


しかし真っ直ぐ彼に見つめられた私はどうしたらいいのか分からなくなり俯いてその言葉から逃げた。


「あぁ、すまない…またお前を困らせたか」


するとペンギンさんは切なく微笑みながら私の手からカップを取るとすっと立ち上がり上から私の頭をぽんぽんと優しく叩いてそして言葉を続けた。


「お前がここで何かに気付き見付け出したのなら俺の罰は終わりだ…俺は厳し過ぎるか?」

「え…?」


突然の問い掛けに私は一瞬考えたがすぐに言葉を返した。

「いえッ、そんな事ないです。あの時ペンギンさんがああしてくれてなかったら、私…また自分を見失って何をしてたか分かりません。だからもし、また溺れそうな時は…ペンギンさん、私を助けて下さい…お願いしますッ!」

私は座ったまま床に頭が付く程に深々と一礼した。

「フフ…お前なら大丈夫そうだ。」

そしてペンギンさんはにこりと微笑んでから倉庫を後にした。

扉の鍵を掛けないままに…

























揺らがない強さが欲しい
しかし揺らぐ種は
…大きな芽を出す

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