《2》
□船内の逃亡者
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ぼふりッ
「ふわぁぁぁー!落ち着く…ッ」
たった1日ぶりの自分の部屋、自分のベッド。
しかし私にとっては果てしなく懐かしい物であった。
ごろりと見慣れた天井に目を遣る。
捻くれ歪む自分と素直に信頼と尊敬の念を持つ自分がそこに見えた…気がした。
「そうだ…もうこんな時間。」
時計に目を遣れば夕方の6時であった。
私は急いでベッドから起き上がりタンスから着替えを取り出し部屋を出ようとして…止めた。
「いるかな…船長…」
夕食の前、お風呂に行く時間だが私は船長室に行くのを躊躇い着替えを手にしたまままたベッドに腰を下ろした。
いつもは居ないがでもいたら…
「そ、そうだ…夜中に大風呂に入れば、いい…」
私はまた着替えをタンスに戻し夕食までの時間甲板へ行く事にした。
「あ、明日は雨…」
強く吹く風がばたばたと髪を靡かせながら教えてくれた情報を受け取り私は甲板の端で手摺りに背中を凭らせ腕を上げて身体を後ろに反らせた。
「ぐぅぅぅーッ!気持ちいいぃ…」
途端滞った血液がじんじんと循環を早め脳内まで行き渡ると少しずつ思考がすっきりと元気を取り戻した。
そのまま両手を真上へ掲げる。
この手をあとどれくらい伸ばせばあの空の青に届くのだろうか。
空気は掴めても空は無理…か。
「“モスボル”」
圧縮させた空気を手の中に集めた。
ふわりと浮かぶそれは鉛の様に硬い丸。
大きさも自在に作れるだろう。
そしてこれは透明で私以外には見えない。
今度戦闘の時に相手に試してみよう。
私はその透明の球体をふわりと空へと解き放ち風に預けてまた空を仰いだ。
「私を包む貴方はまるで…母のようです。ありがとう…」
記憶を探すがしかし欠片もない偉大なる母の愛を私は空に求めた。
「もう…ご飯かな。」
青がオレンジからピンクへと侵食されていく様子を見守りながら風に微笑み私は船内へと戻って行った。
「あぁ…どぉしよぅ…」
食堂に入るといつもの席、私の隣の椅子に座るトラファルガー・ローの背中がすぐに目に入ってきた。
私は入り口で立ち止まりそして歩を進めるべきかどうか迷っていた。
すると、
「名無しさん!監禁生活もう終わりか?早ーな、てかどんな悪さしたんだ?」
「俺見たッ!お前ペンさんにグーパンかましてたもんな…よく今生きてるわ…」
「マジで…恐ッ!名無しさんお前あと10日は倉庫入ってろ…」
入り口近くの席でご飯を食べるクルー達が面白がって私に声を掛けてきた。
「監禁生活…ですか、あぁぁッ…そうだあのね…」
私は1番手前に座るクルーの椅子にお尻をねじ込み無理矢理半分座って話を始めた。
「名無しさんてめぇ何だよッ…ケツどけろッ!」
「しーッ!しししーッ!」
椅子を半分取られ文句を言うクルーに私は人差し指を立て自分の口に当ててからこう言った。
「ここでご飯を…食べたいです…どうぞよろしくお願いします。」
そしてぺこりと頭を下げた。
「何言ってんだ?自分の席行けよ…」
「嫌です…」
「はッ?」
「ここがいいんです…ちょ、ちょっと、このままお待ちを…」
そう言うと私は椅子から腰を上げ1度食堂から廊下へ出るとカウンターへと続く扉から中を覗き、私に気付いた陽気なコックさんを手招きした。
「何だい名無しさんちゃん?遊んでないで早くご飯食べないともう作ってあげないよぉ?」
「た、食べます…下さい…そっと。」
「どうしたのぉ?名無しさんちゃん。」
私の謎の行動にぽかんとしながらもコックさんはすぐにトレイに美味しそうな夕食を乗せ私に渡してくれた。
「あ、ありがとうございますッ」
にこりと笑顔でそれを受け取ると私はまたさっきのクルーの席に戻り無理矢理半分座った。
「すぐ…食べ終わりますから…」
そして途中噎せ返りがらも温かいご飯をパクパクと口に押し込んだ。
「あのよ名無しさん…あんまお前とくっついてるとシャチに関節技連発されるから俺イヤなんだけど…」
「そうそう…シャチはマジでヤバい。名無しさんの事となると急に変わるもんな…」
「え…ッそうなんです、か…?」
私のフォークを持つ手が止まった。
「お前だけだよ知らねぇの…お前にフラれれば泣き続けるわ、島で消えれば暴れだすわ…」
「名無しさんよ、何でシャチじゃ駄目なんだ?俺はお前らお似合いだと思うんだけどな。」
「お前来てから本っ当に他の女とヤッてねぇんだよ?…あんな一途なシャチ見てらんねぇよ。名無しさん!お前シャチの想いをどんと受け止めてやれよ、なッ!」
「いや…あの…」
私は座る席を間違えたのだろうか。
「おいシャチッ!」
私と席を分け合うクルーが突然シャチを大声で呼んだ。
「ちょっ…やめ…」
するとその声にシャチが不機嫌そうにこちらを見遣った。
「あぁぁ?何だよ……んッ?何してんだ名無しさん」
シャチのその言葉に今度はトラファルガー・ローとペンギンさんまでもがこちらに視線を向けそして瞬間ばちりと皆と目が合った。
「あぁぁぁ…あのッ!ご馳走様でしたッ!」
ガタリッ
と私は椅子から立ち上がりトレイを持って食堂を出るとカウンターに続く扉からコックさんにトレイを返しそして走って自分の部屋へと戻って行った。
狭い船内
…私に逃げ場はあるのだろうか