《3》

□存在理由
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さよなら夏島
ハートの船が…出航した










私は操舵室での仕事が一段落しクルー達とコーヒーを 啜りながらだらだらと世間話に花を咲かせていた。

「リンの船も出航した頃だろうなぁ…。」
「名無しさんが1番淋しいよな…せっかく仲良くなったのによ。」
「まぁ、またいつか会えるさッ!海は1つだ、なッ…名無しさん、元気だせッ!」

「ハハハ…そうだね、ありがと!」

私を気遣ってくれるクルー達との会話に感覚を取り戻しつつある日常。

がしかし、違和感が…1つ。


「ペンギンさん。」

私がこの船に戻ってから彼は
帽子を深く被ったままだった。

ガタリ…

皆が気を抜いて休憩する中、操作台に向かい海図に埋もれるペンギンさんの隣にあえて私は腰を下ろし話し掛けた。

「手伝いましょうか?」

「……」

彼の顔を覗き込むがしかしその瞳は、見えない。

「ペンギンさん?」

「……」

何故彼は…私を見てくれないのか

私は我慢が出来なくなった。

ばさりッ

「ペンギンさん、何か言いたい事あるならはっきり言ってくれませんか?じゃないと私、今、ここで、暴れますよ?」

彼の帽子を…剥ぎ取った。
すると…

「…は?」

やっと彼がこちらを見遣った。

久しぶりのグレーの瞳。
しかしその瞳は私と視線が絡んだ瞬間、揺れた。

「あのですねペンギンさん…帽子の存在理由とは、3つあると思います。陽射しから守る為、ただのお洒落、あと…顔を隠す為。ペンギンさんは…どれですか?」

ルジョルさんの言葉を引用し彼に問い掛けた。

するとにこりと微笑みながそう言う私の強気な態度にペンギンさんは暫く動きを止めてから、手に持つペンをぽいと操作台に投げやった。そして


「これは防寒帽だ。それに…」

「…はい?」

「自分を…抑える、為だ」

彼の言葉の意味が…
私には分からなかった

そんなペンギンさんは髪を手で乱しながら大きく溜息をつきそして突然、こう言ってきた。


「何がお前をそんなに変えた…あの男がそんなに…」

「え?」

しかしペンギンさんは途中で言葉を切るとばつの悪そうな顔をして目を逸らした。


せっかく心にしまったスリの存在を
何故彼がまた…引っ張り出すのか


「……」

「……」


…もしかして



「嫉…妬…?」



思わず思考を声に出した。

するとガタリ…
ペンギンさんは立ち上がり私を鋭く見下ろしてきた。

「名無しさん…」

「は、はい…」

私は恐る恐るペンギンさんを見上げた。


「心は…此処にあるか?」

「へ?」

「お前はあの男に、心を…渡したのか?」


彼の言いたい事…

私は暫く考えそして言葉を紡いだ。

「いえ…。私の心は、誰の物でもありません。この船と、自分の中に…あります。」

そう言って、笑って見せた。

「…そうか」

その言葉にペンギンさんはふと口元を緩め私の頬を擽る様に優しく撫でてきた。

が、しかし…



「名無しさん…、俺は今、お前を抱きたくてしょうがない…だから、俺に近付くな」

ふわりと微笑みながらそう言葉を発すると彼は帽子を手に取り操舵室を出て行った。










何故彼らは言うのか
私が…変わった、と

しかし私は思った
変わったのは彼らだ

彼らの…私を見る、目


夏島の気候を抜けたこの船は
ゆらゆらと、大きな波に
…揺られ始めていた

























雲行きが…怪しい

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