《3》
□真の心証
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シャチが部屋を出て行ってから暫く動けずにいた私は、何とか支度を済ませると作業場へと向かった。
「洗濯、しちゃいましょうか!」
笑顔でそう声を掛けた私に作業場にいたクルー達は心配そうにわらわらと集まってきた。
「おい、聞いたぞ…お前、まさか本当に船…降りねぇよな?」
「ちゃんと船長に謝ればそれでOKだから、な?」
「だいだい名無しさんお前よ…船長相手に息巻いてんじゃねぇよ、まったく…」
彼らなりに考えてくれているんだ。
私は何だか嬉しかった。
やはりこの船は居心地が、いい
だからこそ…
「みんな、ありがと…。でも私は船を降ります。次の島まで暫くよろしくね!」
「「「名無しさん…」」」
大好きなこの船を、
彼らを…乱してはいけない
私は此処にいるべきではないのだ
午前中の仕事を終え一度部屋に戻った私はお昼になり食堂へ向かった。
ちらり…
「……」
トラファルガー・ローとペンギンさんがいる。が…
「シャチが…いない…」
私はホッと胸を撫で下ろしてから忍び足でベポの隣の席に着いた。
「あ!名無しさん!」
「しー!しー!しー!」
大きな声で私に話し掛けようとしたベポの口を急いでぼふりと塞いだ。
そしてゆっくりと手を離すとベポは一瞬トラファルガー・ローとペンギンさんのほうを見遣ってから小さな声で話し出した。
「聞いたよ、名無しさん?船を降りるなんて嘘だよね?ずっとここに、いるよね?」
可愛い黒目をゆらゆらと揺らしながらそう言ってくるベポに思わずぐぅっと喉元が熱くなった。
しかし私は、微笑んだ。
「ベポ、ごめんね…いつも心配掛けてばっかで。でももうそれも…終わり、だから。ハハ…」
「…じゃあ聞くけど…船を降りて、どこに行くの?行くとこあるの?」
「そ、それは…」
「ないでしょ?だって名無しさんの場所は、此処なんだから…。だから…駄目だよ?」
「……」
どうしよう
…泣き、たい
私はベポから目を逸らしただ俯いていた。
すると
「名無しさんちゃん、聞いたよぉ?船を降りるだって?そんなの、ノンノンだよぉ?」
「あ…」
ふと見上げると、いつも陽気なコックさんが腰に手を当てて私の横に立っていた。
「そんなわがままな名無しさんちゃんにはお仕置きだよぉ?おいで。」
「えッ…」
コックさんはそう言うと私の手を引きカウンターへと連れ出した。
「朝も食べてないからお腹空いてるでしょ?じゃあ、自分で作りなさい!ちなみにあんまりストックがないから、今日は卵料理は駄目!」
口元は笑っているが
目が…笑っていない
まるで父親の様なコックさんの様子に私は苦笑いを漏らしながら何を作ろうかを考え出した。
「……」
いやしかし、私は
何も作れない…
思わず天井を仰いでからふとカウンター越しに食堂を見遣った。
すると
ばちり…ペンギンさんと目が合った。
彼は昼食を食べ終えた様でコーヒーを啜りながらカウンターにいる私をじっと見据えている。
「……」
私はそんな彼の視線から逃げる様にくるりと背を向け、そしてコックさんにこう言った。
「り、りんご…食べます。」
「りんごは食後でしょぉ…」
「え…っと、じゃあ、バナナ…」
「残念!バナナはないなぁ…」
「じゃ、じゃあ…」
「あのね、名無しさんちゃん…」
すると突然、コックさんは至極真面目な顔をしてこう話し出した。
「何で君は、出来ない事は出来ないって、言わないの?」
「え…?」
「君は一人で生きてるんじゃないの。たとえどこかで嫌な事があっても、この船で誰かと喧嘩をしても…それは君だけの問題じゃないの。」
「コックさん…」
「だから自分だけ我慢すればいいとか、居なくなればいいとか、そんな考えは誰も認めないよぉ?」
ちくり…と心臓に針が刺さった。
「自分でご飯を作れないなら、作って欲しいと私に言いなさい。この船に居たいなら、居たいって皆にちゃんとそう言いなさい。分かったかい?」
「……」
コックさんのその言葉は…
寒さで震える身体を温めるコーヒーの様に、意味も無く固まっていた私の心をじんわりと溶かした。
「コックさん…私ッ…」
気付けばポロポロと、涙が私の目から零れ落ちていた。
「わ、私ッ…ご飯ッ…つ、つ…」
「ハヘヘヘ…名無しさんちゃん、ご飯はちゃんとあるから…そうじゃなくて。」
涙でぼやけながらもコックさんに目を遣ると彼は、コーヒーを啜っているトラファルガー・ローを顎で指し示した。
「ちゃんと名無しさんちゃんの気持ちを、言いなさい?」
優しくも厳しいそんなコックさんを私は暫く見つめると、ぎゅっと唇を噛み締めつなぎの袖で涙を拭った。
「はい…」
そしてくるりと踵を返しカウンターのすぐ向こう側にいるトラファルガー・ローへと歩を進めた。
此処に…居たい