《3》

□男の嫉妬
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…眠れない
眠れる訳が、ない









「はぁぁぁぁぁッ…!」

早めにベッドに潜り込んだが思考が離れていく気配が全くないのだ。


…『ただの気まぐれだ』


昼間のトラファルガー・ローの言葉。

「気まぐれだ…で済みますか?普通…」

おもわずぼやいてしまう程、彼の謎の言動にどっと疲れしかしそのせいで寝付けない私は、寝酒でも飲もうかと部屋着にぼさぼさの髪のまま食堂へ向かう事にした。










「あれ…」

ふらりと足を踏み入れた食堂には…ペンギンさんがいた。

「名無しさん…寝れないか?」

この時間はお風呂上がりに冷えたお酒を嗜む彼がいる事をすっかり忘れていた。

「あ、はい…私も寝酒でも飲もうかと…。ペンギンさんもビールどうですか?ポルドのビールはですね、ピリッと辛口で美味しいんですよー。」

「あぁ、俺はコレでいい。」

私はまず冷蔵庫からポルドのビールを取り出すとペンギンさんの斜め前の自分の席へ向かおうとした。が…

「名無しさん、こっちに座れ。」

「…え?」

ペンギンさんが隣の席へと促してきた。

「あ、いや…」


…『お前を抱きたくてしょうがない』


以前の彼の言葉が頭を過ぎり私は躊躇した。

しかし

「ここでお前を抱いたりはしない。」

「あぁぁ…」

また彼に心を読まれた私はおずおずと促された椅子に腰を下ろした。

そしてぷしゅり…とビールの栓を抜きごくごくとそれを喉に流し込んだ。

「ぷはぁ…美味しッ…」

生き返った様にそう言った私を優しく微笑みながら見ていたペンギンさんはふと私の髪に手を伸ばしてきた。

びくり…
思わず少し警戒する様に彼を見遣る。

「フフ…髪が、ぼさぼさだ。」

「ハ、ハハハ…」

その逞しい上半身に戸惑っている自分に苦笑いしながら私はまた瓶を口に付けた。その時、


「そういえばシャチの奴、様子がおかしいんだが…何か知ってるか?」

「ごっぼぉぉッ…!」

ペンギンさんの言葉に私の喉からビールが逆流した。

「ごほッ…こほッ…!」

「…そうか。何を、された…?」

顔を真っ赤にして咽せる私にしかしペンギンさんは至って冷静に問い掛けてくる。

「え?…いや…何、も…?」

私はあり得ない程に目を泳がせながらそう笑って見せた。

すると…ペンギンさんは、ずずずとゆっくり椅子を引き寄せそしてぎゅうっと私を抱き締めてきた。

「あ、あの…ペンギンさん…」

「あの馬鹿…」

そして私をそのまま持ち上げ膝の上に横向きに乗せた。

ふわり…と彼の腕と一緒に包み込んできた素肌の淡い匂いに一瞬私の思考がぼやけた。

彼はそんな私の心を見透かしているかの様に顔を覗き込んでくる。

「何をされた…?場合によっては奴を海王類の餌にしてやろう…」

「い、いや…」

シャチに何をされたか…

それは私の口からは到底言える事では、ない。

「……」

私の言葉を待っているペンギンさんにしかし私が声を発する事ななかった。

するとペンギンさんはふと小さく溜息をつき、私の首元に顔を埋めこう言ってきた。


「まったく、あんなガキに振り回されて…この船は、俺を含めろくな奴がいないな…」

「へ?」

彼の声と共に吹きかかる息に擽ったさを感じながらも私は彼の顔を覗き込もうとした。

しかし彼は顔を埋めたまま、言葉を紡ぎ始めた。


「全ては…ただの、嫉妬だ」


「え…?」

「あの男は…スリは、お前を抱いていない。」

「……」

ペンギンさんの口から紡がれた意外な人物の名、そして


何故…あの夜の事を


「どうした?それともやっぱり…抱かれたのか?」

ペンギンさんはやっと顔を上げると私の唇を親指でなぞった。

「あ…い、いえ…あの、でも私の身体には…」


印…が


「あぁ…それはあの男の最後の、抵抗だったんだ。そしてそれもまた嫉妬、だ。」

「嫉、妬…?」

スリの…嫉妬、とは?

「本当は手放したくないお前が帰ろうとする場所にいる、俺達への…嫉妬だ。」

「……」


…『俺…あんたに色んな事、しちゃった』


じゃあ、あの言葉は
あれも、彼の…


私の頭の中はぐるぐると混乱し始めた。

「あの、でも、ペンギンさん…何で、スリの事…」

するとペンギンさんは私から視線を外し前を見据えながらこう答えた。

「迎えに行った日の朝、お前が部屋にいなかっただろ。だからリンに、聞いたんだ…。それでお前が自分の部屋に戻った後、あの男の所に行った。勿論、殺してやるつもりでな。」

「え…」

その恐ろしい言葉よりも…

…ペンギンさんはスリと話をしていた
その事に私の思考は固まった

「だがあの男は…曇る事なく全てを話してきた。気を失っているお前に手を出してない、出来なかったんだと。…そしてお前を頼むと、そう言ってきた。」

「スリ…が?」

「あぁ…名無しさんを、幸せにしてやってくれと。」

「……」

「名無しさん?」

ペンギンさんが語ったスリの想い

途端彼の悲しみが蘇り私の目からはぽろぽろと涙が溢れてきた。

するとそんな私をペンギンさんは優しく抱き締めそしてこう言った。

「名無しさん…泣くな。あの男は、本当は引き止める事も出来た筈のお前を、それでも自分の意思で帰したんだ…この船に。」

「……」

「それがあの男の、お前への精一杯の優しさだったんだ。だからお前は自分を責める必要はない…。あの男は…そういう、男だ。」

「…っ…ぅッ…」

「黙っててすまなかった。俺も…そんな風にお前を想うあの男に、嫉妬した。だから…事実を言わずにお前の気持ちを試してしまった…」

「……」

「それから、船長も…ただの嫉妬だ。あの人も街でお前達に会ってからずっと機嫌が悪かった。スリの事は昨日の一件の後、すぐに説明してある。」

そう言ってペンギンさんは私の顔を覗き込むとそっと涙を拭ってくれた。

「それからシャチは…奴に話を聞いてきっちりケジメをつけさせる。たぶんまた泣いて土下座してくるだろうが、許さなくていい。」

真面目な顔でそう言うペンギンさんに私は思わず笑ってしまった。

そんな私を見てペンギンさんも安心した様に微笑んだ。が…


「フフ…だがな、名無しさん…」

しかしすぐにまた真剣な顔になりこう言ってきた。

「…もう2度と、他の男に心を許すな。次また同じ事があったら…罰を、与える。」

「えッ…」

ぞくり…と背中に寒気が走った私は微笑んでいた筈の顔が一瞬で引き攣った。

すると


「今回はこれで…許そう…」

そう言って…ペンギンさんは私の唇にキスを、してきた。

優しくしかし強く絡められる彼の舌に、私は抵抗する事も忘れすぐに全てを奪われた。


私はいままで何度…
彼の舌に溶かされているのだろうか


そして思う
もう…このまま


長く続いたそのキスは
また私の心を…揺さぶってきた


























人の心は…
複雑に絡み合いそして
…繋がっている

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