《3》

□交換条件
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「浮上する…準備しろ!」

ペンギンさんの声が船内に響き渡る





2日ぶりの海面、そして空
やっと心が解き放たれた

…様な気が、した










久しぶりの空はしかしどんよりとした雲に青が隠されていた。

「洗濯物は…今日も中だねぇ。」

「明日は晴れるといいね!」

ベポと私はお昼までに大量の洗濯物を干してしまおうと作業場にロープを張り出していた。

針金の様に細くて固いロープ。
これを扱う事に私はいつまでたっても慣れないでいた。

「あぁぁッ…何コレもうッ…!」

何故ベポはあの肉球でコレを器用に扱えるのだろうか

そんな事を考えながら、なかなか結べないそれに苛ついた私は力任せに無理矢理ロープを引っ張った。

すると

パスンッ…!

「いッ…痛ぁぁッ…!!」

するりと解けすり抜けたロープで私の右手の親指の付け根がパックリと切れ途端白いつなぎにぼたぼたと赤い血が滴り落ちた。

「名無しさんッ!何してんの!大丈夫ッ!?」

ベポが慌てて駆け寄りすぐに傷口を押さえてくれた。

「あぁぁ…大丈夫ッ、いいよベポ、毛が…汚れちゃうから…」

見ればベポの綺麗な白い毛にも血が滲んでしまっている。

「何言ってんの!そんな事どうでもいいの!それより早く、船長に治療してもらわなきゃ…!」

「え…」

その言葉を聞いた私は、もう傷口の血は乾いたのではないかと思う程に一瞬で身体中の血の気が引いた。

「いや…いぃいぃ…コレくらいすぐ…」

「駄目!名無しさん、傷ちゃんと押さえててね!行くよ!」

「いや、だから…」

有無を言わさずベポは私をぼふんと抱き上げるとドスドスと船長室へ走って行った。










「船長!開けて!大変だよ!」

船長室の扉の前に着くとベポは大きな声でトラファルガー・ローを呼んだ。

ガチャ

すぐに開かれた扉からは訝しそうにトラファルガー・ローが顔を出した。

「…何だ」

「名無しさんがロープで指切っちゃったの!血が凄くて…!」

そう言われたトラファルガー・ローはベポに抱えられる私の顔を一瞬見遣ってから今だ血が流れ出す手を掴み傷口を見るとくるりと踵を返した。


「ソファに置け」

「うんッ!」

私は物、じゃない…と心で思いながらもベポに運ばれソファに座らされた私はただ傷口を押さえ大人しく彼を待った。

トラファルガー・ローはすぐに棚から治療道具が入った小箱を取り出すと私の隣に腰を下ろしてきた。


「縫うぞ」

「い、嫌です…」

「あ?」

「だってッ…ま、麻酔…麻酔は…?」

いつかの様なその恐ろしい痛みをまた経験するのは嫌だった。

「これ位で一々」

「じゃあ嫌です…結構ですッ…!」

「名無しさん…?すぐ終わるから我慢したら?大丈夫だから…」

ベポが少し呆れた様子で私を宥めてきた。が…

がばり…

私は立ち上がり涙目でベポを見遣った。

「だって、痛いんだもん!縫うほうが傷より…痛いんだもんッ…!」

「…でも縫わないと…」

「嫌だッ…このまま押さえてればくっつくからいいッ!」

「あのね…?縫ったほうが綺麗にくっつくし早いから…」

ベポと暫くそんなやり取りをしていると…





「…座れ」

トラファルガー・ローが低い声で言葉を発した。

「ま、また無理矢理ですかッ…私は絶対…」

「麻酔をする」

「え…」

私は驚いて彼を振り返った。

すると彼は立ち上がり私を見下ろすとわざとらしい溜息を一つついてからこう言った。

「傷を残す事は許さねぇと言ってるだろ。だから黙って座ってろ」

「……」

私は不満気な顔のまましかしまたソファに腰を下ろすとトラファルガー・ローは棚の一番上から注射器と小瓶を取り出した。

そして机の上で小瓶に入る液体を注射器に少量吸い上げると私の前に片膝をつき右手を出すよう促してきた。

私は素直に彼に従った。が…





「…タダじゃねぇぞ」

…チクリ

「へ…」

何やら恐ろしい言葉を耳にした瞬間、注射の針が痛みを刺してきた。

「暫く待ってろ。…ベポ、コイツは預かるから後で迎えに来い」

「アイアイキャプテン!じゃあ名無しさん、昼飯の時に来るね!」

「あ、…ベポ、待っ…」

私は引き止めようとした、がしかしベポは笑顔で一度振り返ってからバタン…と船長室を出て行ってしまった。



「……」

「……」

突然2人きりになった船長室

トラファルガー・ローはいつもの椅子に座り分厚い本を捲り出した。

私は傷口を押さえながらそんな彼の背中をじっと見据えていた。


タダでは、ない…


暫くして徐々に、じんじんと脈打ち痛んでいた右の手の平がまるでグローブの様に腫れ上がった様な感覚になってきた頃、トラファルガー・ローが小箱を手にまた私の隣に腰を下ろした。

そして小箱から道具を取り出すと無言のまま傷口を縫い合わせ始めた。


「……」

「……」


やはり…医者、だ

治療をしている彼の手は、首を締めたり胸ぐらを掴んでくるそれとはとても思えないのである。

ぼんやりとそんな事を考えながらトラファルガー・ローの長いまつ毛を見つめていると、パチンッと最後の糸を切り道具を小箱に片付け出した。


「終わりだ。抜糸は一週間後、それまではまた俺が風呂に入れてやる」

「は、はい…?」

「嫌なら治療費を払え。お前が金を持っていれば…の話だが」

手際良く包帯を巻き付けながら彼はにやり…と口角を上げ私を見遣ってきた。

「は、払いますよッ…勿論払います…が、あの、出世払いでも…」

「アホか」

そう言うと彼は立ち上がりまたいつもの椅子にどさりと座った。


「暫くペンも握れねぇからお前はただの役立たずだ…傷が治るまで此処にいろ。」

「へ…?」

「それと…」

唖然とする私にしかしトラファルガー・ローは背中を向けたまま帽子を机に投げやるとくしゃりと髪を握りながら、こう言ってきた。


「俺達はお前を幸せにしているつもりはねぇ…が、お前がこの船にいてそう思っているなら、それでいい」

「……」


これは…
昨日の私の発言に対する
彼なりの優しさ、なのだろうか

「…は、はい…」

見えなかったがしかし
彼の藍色の瞳はその時…
微かに揺れていた、に違いない

























しかし、役立たずとは…酷い

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