《3》

□利き手
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「お前、左手は使えるのか」










トラファルガー・ローはいつもの椅子で、私はソファで其々沈黙の時を過ごしていたが、ふと彼が振り返りそう聞いてきた。

「あぁ…えーっとですね、雑になりますけど字は書けます。食事の時もスプーンとフォークなら使えます。あの、だから…戻っても…」

「あ?」

「い、いえ…」

とにかくやる事が、ない

「あのですね、船長…ちょっと外に…」

「後にしろ」

「はい」

背中で威圧感を醸し出すトラファルガー・ローにしかし私はこの無の時間に耐え切れず立ち上がり、彼の机の横にある分厚い本が並ぶ棚へと歩を進めた。

「へぇ…何コレ。」

まだ新しそうな本を左手で取り出し表紙を見る。

「ん…?解剖学…恐ッ…」

すぐにそれをしまい今度は隣の本を手に取った。

「…北の医学?ふむふむ、海によって医学も色々あるのか…て事は、東西南北、偉大なる航路、空島、魚人島、あと新世界と…」

「おい」

「あ、はい…」

意味も無く独り言を呟いていた私にトラファルガー・ローがじろりと目を遣ってきた。

「うるせぇ、黙ってろ」

「……」

低い声でそう言われた私は仕方なく、今度は治療の道具や薬品の瓶が入っている棚へ行きガラス越しに中を覗いた。

「アレが消毒薬…あ、アレは麻酔…。うわぁッ…注射器もいっぱい…恐過ぎ…」

そしてガラガラ…とガラスの扉を開けてみた。

「そういえばこの棚、医務室にあるのと同じ棚だ…中に入ってるのも全部一緒かな。んん?、コレは…えッ…睡眠薬?悪用されたら、大変だ…」

「おい」

「え?はい…」

「触るな」

「……」

ぼそぼそと喋り続ける私に苛ついたのかトラファルガー・ローは突然バタンと分厚い本を閉じると椅子から立ち上がり扉へと歩き出した。

「飯にする…来い」

「あ…は、はい。」

そういえばそろそろお昼であった。
お腹が空いていた私は急いで彼の後を追った。










「あ!名無しさん!傷どお?ちゃんと縫ってもらった?」

食堂に入るとすぐにベポが駆け寄ってきた。

「今、迎えに行こうと思ってたんだよ!」

「ありがと。ちゃんと縫ってもらったよ、ほらッ!」

「良かった良かった!名無しさんは子供みたいにゴネるから、キャプテンも大変だよね!」

「ハハハ…あ、そうだ…ベポ、シャ、シャチは?」

ぼふぼふとベポに頭を撫でられながら私は食堂を見遣った。

あの朝の出来事以来、まともに顔も見ていないのだ。

「シャチはずっと部屋に籠ってるよ…。話は聞いてるから、名無しさんは気にしないで、ね!」

「ん…」


また…毎晩泣いているのだろうか


ずくり…と胸が疼いた私はとぼとぼと自分の席へ着いた。


「まったくお前は…いつも何かやらかすな…」

既にご飯を食べ終わっていたペンギンさんは至極呆れた顔で私を見遣ってきた。

「はい…すいません…ハハ。」

「はいよぉ、船長と、名無しさんちゃん!あらあら…利き手を怪我するとは、海賊失格だよぉ?」

コックさんがトラファルガー・ローと私に昼食を運んでくれた。

「今日のは…食べ辛いかなぁ?無理だったら、食べさせてもらいなさいねぇ?」

「え?」

そう言ってにやりと微笑むとコックさんはカウンターへと戻って行った。

「……」

改めて運ばれた昼食を見ると、それは見慣れない献立であった。

「えぇぇ…」

深い器に入ったコレは、なんだろうか…
パスタ…より太くて、白い
そして温かい汁に浸っている

ちらり…
隣のトラファルガー・ローを見遣ると2本の棒で器用にそれを食べていた。

「フォーク…フォーク…」

私は一度カウンターへ行きコックさんからフォークを貰うと席に戻りそれを左手で食べ始めた。

しかし

つるりんッ…

パスタの様にくるくるしてから口に入れようと試みるがただでさえ慣れない左手…そしてそれは太くつるつるしている為すぐに解けて落ちてしまう。

「……」

何度か挑戦するが、上手くいかない。

「そ、そうだ…刺せば、いい…」

次にその太い麺を刺そうとするがしかし今度は汁の中で泳いでしまいなかなか仕留める事が出来ない。


「フフ…」

ふと見るとペンギンさんは頬杖をついてそんな私の姿を楽しんでいた。

その時、



「ほら、口開けろ」

あっという間に昼食を食べ終えたトラファルガー・ローが突然、使っていた2本の棒で私の器からそれを挟み口元に差し出してきた。

「いや、あの…」

「遊んでねぇで早く食え」

「は、はい…」

私はトラファルガー・ローに口を開けそして彼はそこに麺を入れてくれた。

「クク…」

ペンギンさんと同じ様に、彼も素直に口を開ける私を楽しんでいるかの様だった。

恥ずかしい…

私は顔を真っ赤にしながらも彼に食べさせてもらいお腹を満たした。

「ありがとうございました…ご馳走様でした…」

「お前のそのアホ面…なかなかだな」

「名無しさん、今度は俺が食わせてやる。」

「ハ、ハハハ…」

利き手が使えないだけでこんなにも恥ずかしい思いをさせられた私は引き攣った顔を隠す様に俯きながらこう、心に決めた。


左手も…鍛えよう

























にしても…
この食べ物は、一体…
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