《3》

□支配の部屋
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ガチャ

「連れて来ました…」










トラファルガー・ローのいつもの椅子に座ったままの私はその声にどきりとして顔を上げた。

見ると船長室に入ったペンギンさんの後ろから疲れた顔をしたシャチが、入って来た。

「……」

「……」

シャチは扉を閉めるとそのままそこに立った。

ペンギンさんは扉の横で腕を組み、ソファに座るトラファルガー・ローをちらりと見遣る。


誰も何も言葉を発しない…
そんな異様な時間にこの部屋の全てを支配されていた。

その時…



「名無しさん…怪我したって…大丈夫か?」

シャチが床を見つめたまま私に声を掛けてきた。

そんな久しぶりの彼の声に途端、あの時の彼の行為と自分の姿が脳裏に蘇った私は顔を紅くした。

「う、うん…」

「そうか…良かった…」

「……」

「……」


駄目だ…
彼を、見る事が出来ない

そして彼もまた、
私を見れないでいる


しかし…シャチの痛々しい空気に耐え切れず、私は俯いたまま言葉を発した。

「シャチ…あの、この前の事はもう…忘れよう、ね?だから…」

「名無しさん」

しかしシャチは顔を上げ私の言葉を遮ってきた。


「お前を泣かせちまった事は…すまないと思ってる」

「…シャチ」

「けど俺は…あん時のお前を忘れる事なんか、出来ねぇ。だから…今まで通りなんて、無理だ…」

シャチはベージュの瞳をゆらゆらと揺らがせながらそう言った。

「……」

この切ない瞳を見ると、
私の心臓が…悲鳴を、上げる


彼のこんな姿は、嫌だ


「シャチ…あのね、私また、シャチと一緒に…」

私はシャチに言葉を紡ごうとした
その時、










「情けねぇなぁ、シャチ」

今までただ私達を見据えていたトラファルガー・ローが突然ソファから立ち上がった。

そしてシャチの前に立つと彼の胸ぐらを掴み上げた。

「いつからそんな男になった…あァ?」

そんな2人にしかしペンギンさんは動じる事なくそして瞬間ばちりと私と目が合った。


…動くな


彼にそう、言われた気が…した

「……」

私はペンギンさんから目を逸らすと、感情を抑えトラファルガー・ローとシャチの様子を見守ろうとぐっと唇を噛み締めた。



「それは…どういう意味っすか…」

シャチは目を伏せたまま低い声でトラファルガー・ローに言葉を投げる。

「女に必死か…誰が見たっててめぇはただの…クズだろが」

「……」

「まともに女も抱けねぇ…終いには泣き面下げて、土下座か…」

明らかにシャチを挑発するトラファルガー・ロー

「あんたに…何が分かる…」

シャチはトラファルガー・ローの手を振りほどいた。

「あぁそうだ…俺は情けねぇ男だ。あんたみたいに完璧な人間じゃねぇ…けど、名無しさんへの気持ちだけは…あんたには負けねぇっすよ、船長…」

その言ってシャチは拳を強く握りトラファルガー・ローを睨み付けると、がばりとそれを振り上げようとした。

その時…










「せ、船長ッ…!」

ガタリ…私は椅子から立ち上がった。

が、しかし

「やめろシャチ」

ペンギンさんが同時に言葉を発した。
そして

「船長、こいつは俺がシメますんで…今回は、これ位で」

シャチの腕を掴みながらそう言うとペンギンさんは、トラファルガー・ローに飛び掛かろうと殺気立った彼を無理矢理引き離し船長室から連れ出した。


バタンッ…!

閉まった扉の振動が身体の芯まで伝わりそのまま再び私達は沈黙の中に取り残された。










暫くしてトラファルガー・ローは苛立ちを隠す事なくどさりとソファに腰を下ろすと、帽子を思い切り床に投げ付けていた。

私は立ち尽くしたまましかし彼を見据えこう言った。


「どういう…つもり、ですか…」

さっきのシャチの様に拳を握り怒りを露わにした。

「何でシャチにあんな事…」

すると

「 お前は何なんだ」

トラファルガー・ローも鋭く私を見据えてきた。

「下らねぇ事ばっか言ってんじゃねぇぞ…」

「は?…私は…」

「シャチに惚れてもいねぇくせにいつまで色目使ってんだ…あ?」

「い、色目…?何が、ですかッ…!」

「それともあいつを夜の相手にでもしておきたくなったか」

「…違います!」

その言葉に私も彼の机にあった分厚い本を床に叩き付けた。

「私はただッ…シャチの悲しい顔を見たくないだけです…!だから、シャチみたいに嘘をつけない真っ直ぐな人に…クズとか、下らないとか…そういう事を、偉そうに言わないで下さいッ…!」

「あぁ?」

「大体…貴方に、何が分かるんですかッ!人の心の痛みが分からない貴方より、シャチのほうがよっぽど男らしいと…私は思いますけどッ…!」

そう彼に言葉を投げた私はそのままズカズカと船長室を出ようとした。が…


「きゃぁッ…!」

がしり…

トラファルガー・ローに腕を掴まれ力尽くでベッドへ引き摺られると、どさりと倒され押さえ付けられた。



「心の…痛み、だと?」

私に跨り両手を拘束しながら彼は酷く冷たい目で見下ろしてくる。

「じゃあ聞くが…お前さっきアイツに何言おうとした」

「……」

「可哀想だと適当にその場を取り繕って、アイツを慰めようとしてたんだろが…違うか」

…図星、だ

私はトラファルガー・ローから目を逸らした。

「お前のその下らねぇ同情が、アイツを混乱させてんだよ…自分の心も分かってねぇ奴が、人の痛みだ何だほざいてんじゃねぇぞ…」


言い返したい
でも…言い返せなかった


「……」

「……」

2人はただお互い鋭く見据え合っていた
その時










コンコンコン

ガチャ

「キャプテン!…あれ?何してるの?」

ベポが入って来た。

「何だ」

トラファルガー・ローはベポを見遣る事なく言葉を発した。

「うん…ペンギンが、見て来いって…」

「ベポ」

「なーに?」

ベポはきょとんとした顔でトラファルガー・ローを見つめていた。

「ペンギンに言っとけ」

「え?」

するとトラファルガー・ローは私を見据えたまま、こう言った。



「コイツには少し躾が必要だ…手を出すな、と」



「キャプテン…?」

「聞こえただろ…早く出てけ」

「う、うん!分かったよ!」

低い声でそう言われたベポはちらりと私を見遣ってから船長室を出て行った。

























その藍の瞳に
私はごくり…と唾を飲んだ

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