《4》

□記憶の余韻
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出航からどれくらい経ったのか
…船は今だ、海の中を進む





操舵室に籠もりっぱなしの私達は、うねる海流と歪な海底の狭間で常に神経を尖らせていた。

「浮上させたほうがいいんじゃないっすか…?」
「このままじゃ流される可能性も…」
「この辺は海底火山もあるし…」

何度も挙がるクルー達からの提案にも

「これは船長命令だ。浮上はしない、このまま潜行する。」

「「「はい…」」」

ペンギンさんは顔色を変える事なく指示を出し続ける。

連日の激務に私も少し疲れていた。
しかしレーダーから目を離す訳にはいかない。

そしてペンギンさんにメモを渡し状況を伝え、尚且つその道の先を読み込もうと思考をフルに動かす。


皆が同じ気持ち、同じ緊張感の中
仕事に集中して既に
…一週間が経っていた。










「お疲れ名無しさん、ゆっくり休めー!」

「はぁい…お疲れ様です!」

潜水したままだが、気難しい海域からやっと抜けた私達は交代で休みを取る事となった。

「ふうぁぁ、ぁッ…疲れ、たッ…」

しぱしぱする目を擦りながら食堂へ向かう。

ガタ…
まずお風呂に入りたかった。
しかし私はだらしなく椅子に腰を下ろし頬杖をついた。

誰もいない夜半の食堂は何て

「静か…」

そして何の意味も無くぼんやりと、カウンターに置かれているお皿の枚数を数えては忘れまた数えていた。

その時…



「おぉぉッ…お疲れ。」

「ん…?」

風呂上がりのシャチが上半身を晒し、ふらりと食堂に入って来た。

「何だ?お前、何してんだ?」

ちらり…こちらを見遣る。

「シャチ…お疲れぇ。」

彼は冷蔵庫に向かうとビールを2本取り出し私の正面に腰を下ろした。

「ほいッ…」

「あぁ、ありがとう…」

「疲れてんな、休み貰えたか?」

彼も疲れている筈なのにニカリと笑って話し掛けてくる。

「うん…シャチは?」

私達は同時にビールを口に含んだ。

「それが出航してからエンジンが1個調子悪くてよ…今、俺がそいつの面倒見てんだ。」

「そっかぁ…」

「そっちは?」

「うん、暫く潜航…まだ浮上はしないみたい。いつまで続くんだろ…」

「キツイよな。」

「え…?」

シャチは優しく私の髪を撫でてきた。

「お前は空がないと、魂抜かれたみたいになるからよ…へへ。」

「……」

まだ肩に水滴を残す逞しい身体とその甘い匂いに、目を逸らす。

「まぁもう少しの辛抱だ。安全に航路を戻す為だから、仕方ねぇ。」

「う、うん…」

「ほら、飲めッ…浮上したらまた甲板でプローレスして憂さ晴らしだ、なッ!」

そう言って彼は馴染みの辛口を一気に喉に流し込んでみせた。

「ハハッ…ありがと、シャチ。」

時間差で染みてきたアルコールと彼の笑顔にやっと笑った私。
しかし

「ごめん、ちょっと、休憩…」

緊張の糸が解れた途端、眠くなった。

「名無しさん?」

「んが…」

「またかよ…」

彼の溜息。
そしてふわり…突然の心地良い浮遊感に私の意識は更に削がれていった。










ガチャ…

「ん……」

自分の部屋のベッド。
でも…彼が

「名無しさん…」

私の上に乗りキスを、している。

「っ…」

「名無しさん…」

重いまぶたを開ければ揺らぐベージュの瞳と視線が絡まった。

「んッ…っ…」

「名無しさん…」

唇を重ねる彼はしかしそれ以上は何もせずただ何度も私の名前を呼び続けてくる。

「名無しさん…」

「ん…苦、し…い…」

顔を歪める私。
するとシャチはリップ音をたてながらそっと唇を離し…こう言った。


「お前がこのキスを忘れたらさ…明日もキス、しよっか…」


「……」


「明日のキスも忘れたら…次の日もまたキスしよ…?」


「シャ、チ…」


「そしたらいつか…お前の中に残れるんじゃねぇかって…」


彼は何でこんなに…
切なく私を見つめるのだろう。


「俺に預けてくれねぇか?お前の心も…身体も。毎日忘れられても俺また、毎日…毎日…愛すから…」


そう言った彼はまた唇を重ねると、舌を絡ませそして私の名前を…囁き続けた。

























…余韻だけでも、残したい

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