《4》

□分かれ道
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「かかか…か、海王類っ…!」

「フフ…デカいな。」





真夜中の操舵室、正面の窓に見えた大きな魚に驚いた私にしかしペンギンさんは至って冷静に微笑んだ。

「回避しますか?」

クルーが彼を振り返る。

「必要無い、このまま進め。」

「はい。」


…凄いな、この人達


私は尊敬の眼差しを向けた。

潜水中は常に船内が暗く、それが長期間ともなると体内時計も狂い出す。

しかし私以外の人間は、苛つく事はあれどいつもと変わらず平然と仕事をこなすのだ。

経験の差かそれとも
気持ちの問題、か…



「名無しさん、飯にしろ。」

「え?あ、はい…」

食事といってもいつも不規則になってしまう私達は、食堂ではなく操舵室のソファに座り皆慌ただしく喉に掻き込むだけ。

「ごぼッ…!」

噎せてしまう。
正直、食欲が…無い。

「お前、子供かよッ!」
「よく噛んで食えって!」

「ゴホッ…ハハハ。」

クルー達に笑われながらそれでも無理して食べるのは、食事も仕事の内だとペンギンさんに言われているからだ。

「ご馳走様でした…さぁ、仕事ッ。」

トレイを持ち立ち上がろうとした
その時

「つッ…!」

…耳鳴り

最近これに苦しめられている。

ガララランッ!!

滑り落ちた食器やスプーンが派手な音をたてて床に転がった。

「おい、大丈夫かッ?」
「ペンさん!名無しさんがッ…」

「どうした?」

ペンギンさんが急いで歩み寄る。

「す、すいません…手が、滑りましたハハハ…」

私は悟られまいと、笑った。

「名無しさん…暫く休んでろ。」

「いや、大丈夫ですって。」

腕を掴んできた彼の手を振り払うと私は床に散らばる食器を拾う…

「いいから座れ…」

「……」

スプーンも…

「具合い悪いんじゃないのか?」

「…いいえ。」

「……」

「……」

全部拾い終わった私は立ち上がりペンギンさんと目を合わさぬまま、また作業台に戻った。










その後3日間操舵室に籠った次の休みは…とにかく部屋で横になっていた。

「あぁぁ…」

頻繁に繰り返す耳鳴り。
その度に蘇っては歪む、記憶。

トラファルガー・ローに
ペンギンさんに
シャチに
スリに

愛されて、離れて
嬉しくて…悲しくて

「駄目だぁ…苦しい…」

溢れる感情に滲む涙を枕に埋め、ただ身体の力を抜いていた。





コンコン…

「ん…」

誰…

ガチャ

「え…」

「そのままでいい、寝てろ」


…トラファルガー・ロー


彼はうつ伏せに寝転び脱力する私を見遣ると、傍らの椅子に腰を下ろした。

「お、お久しぶりです…」

「……」

「お元気、ですか…?」

出航してから初めてまともに顔を合わせた彼に一通りの挨拶を済ませる。

「ペンギンから聞いてる…耳鳴りか」

彼は私のおでこに手をあてた。

「いつからだ」

次に手首を掴み脈を測る。

「え…っと、ここ1週間くらいずっと、です…」

「今は」

「はい、今も…」

「安定剤を打つ、いいな」

「…は、はい。」

カタリ…
持参した木箱から注射器を取り出すと片手で私の袖を捲り消毒をしてチクリ…

「……」

「……」

痛みを感じさせる事なくその動作を終わらせた彼はそのまま私を見据えてきた。

「あの…」

「名無しさん」

「はい…」

「お前は少しずつ記憶も感情も取り戻してる…違うか」

「え…?」

「何で隠す」

「……」

「答えろ…」

私は一度目を閉じ、そして

「皆を…振り回したくないんです。」

鋭く彼を見遣った。

「私の感情とか記憶とか…そんなのはどうでもいい。」

「あ?」

「ベポの話を聞いて私、もっとこの船の一部になりたいって思ったから…今は仕事を頑張りたいし、皆の仕事の邪魔もしたくないんです。」

「……」

「だから、船長…」

取り戻した失くし物。
しかしそれを手にして決断した事。

「思い出した言葉も、行為も、貴方への感情も…手放す事を選ぼうと、思います…それでも、いいですか…?」

涙を堪え彼に伝える。

「感謝、してます…命を…ありがとうございます…それから…」

「……」

「ごめん、なさい…」

すぐに効いてきた薬に思考を薄められた私は最後に彼の人差し指を強く握った。

「……」

「……」

トラファルガー・ローはそんな私の手を握り返し、暫くそのまま動かなかった。


すると聞こえてきた言葉…


「俺がお前を手放したのか…お前が俺を手放したのか…どっちだ…」


虚ろな私は眉間に皺を寄せた。


「ロー、だよ…」


「……」


「ローは…嘘つき…」


「…そうか」


私が眠りにつくのを待っていた彼はそっとその手を離すと

バタン…

部屋を出て行った。

























…永遠とは、幻
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