《4》

□悴む指先
1ページ/2ページ


ゴロゴロゴロゴロ…!

「び、びっくりしたぁぁ…」





夕方になると雪おこしの地響きがガタガタと窓を揺らし始める。

暖かい部屋着を着込み買って貰ったばかりの毛皮の帽子を被った私は毎回それにビクリと肩を揺らしながらも、降り出した大きな霰を曇る窓から見遣っていた。

「お菓子のラムネみたい…ハハ。」

さっきから意味の無い独り言ばかり。
ふと溜息を漏らしカーテンを閉めた。
その時



コンコンコンコン!

「ペンギンッ…」

「へ……」

コンコンコンコン!

「開けろ、寝てんのかッ…」

シャチだ…

コンコンコンコン!

私は急いで扉へ駆け寄った。

ガチャ

「は、はい…」

「うおぉぉぉッ…!」

どうやら部屋を間違えていた様子のシャチは私の顔を見るなり廊下の壁まですっ飛んだ。

「な、何でお前が…ペンギンの部屋にいんだ…」

「あの…ペンギンさんの部屋は隣、ですが…」

暫く固まった2人。

「そ、そうか…間違った…悪りぃ…」

「い、いえ…こちらこそ…」

肩に乗る白い粒を払いながらシャチはすぐに隣の扉へ歩を進め、私もドアノブを引いた。が…

「あぁ…やっぱちょっと待て…」

閉まる寸前、彼の声。

「は、はい?」

「お前の夕飯と差し入れ持ってきたんだわ…ペンギンに渡すつもりだったんだけどよ…」

「あ…」

よく見れば足元に箱と袋が置いてある。

「そ、そうなんだ…ありが、と…」

また扉を開けると彼は私の足元にドサリと箱を置き袋を差し出してきた。

「コレ…」

それを受け取った私は

「あれ…もしかして、コレ…」

香ばしい匂いにつられ中を覗く。

「わぁぁ…肉巻きチーズだぁッ…前にもシャチ、冬島で買って来てくれた事あるよねッ。」

ふと昔を思い出し嬉しくなった、だから

「また一緒食べようよッ、寒いから、入って入って。」

思わず笑顔で彼を誘ってしまった。

しかし

「いや…」

「え…?」

「……」

「……」

シャチは私から目を逸らした。
そして自身の靴先に視線を落とし言葉を発した。


「今から俺、酒場行くんだわ…」


「う、うん…」


「そんでよ…」


「…うん。」


「女、抱いてくっから。」


「……」


「だから、行くわ…」


「シャ、チ…」


バタン…


途端私の唇は震え涙で視界がぼやける。

「……」

行かないで欲しい…だなんて
彼を引き止めてしまいそうになった自分。

「ハハ、ハハハ…」

私はベタリとしゃがみ込みぎゅうっと帽子を目の下までずらすと、滴を床に落とさぬよう顔を押さえそこに熱を染み込ませた。










結局、夕食には手を付けず机に突っ伏したまま迎えた朝。

ガタリ…椅子から立ち上がりカーテンを開ける。

「あれ?晴れ、てる…」

驚いた私はベランダに出た。

昨日は霞んでいた雪山が今朝ははっきりとその姿を現し、冷たい空気にはまるで砕いたガラスを撒いたかのような水蒸気の光がキラキラと漂っていた。

「…凄い。」

白い息を風に攫われながらも次に空を見上げる。

「あぁ…吸い込まれそう。」

冬の気候だけが持つ透明な青。
その余りの深さに目が眩んだ私はそっと部屋に戻った。



シャワーに入り身支度を整えてからコーヒーを飲む。

今日は何をして時間を潰そうか…

「あ…」

床に置かれたままの箱。

「何が入ってるんだろ。」

蓋を開けガサガサと中を見ると

「ビールにジュースにお菓子…あ!本も入ってる。」

暇潰しにはもってこいだ。

「どれどれ…何の本かなぁ?」


『アークナス島攻略ガイド』
『雪遊びのすべて』
『保安官の人妻事件簿』


「て、誰が選んだんだコレ…」

爪の先程もセンスを感じる事が出来なかったその3冊の中から仕方なく私はこの島のガイドブックとお菓子を手に取りベッドの上にあぐらをかいた。

「そういえばこの島って、みんなが言う程治安悪くなさそうなんだけどな…」

本を開きながらふとそんな事を思う。

造船所は海賊船で混んでいると小さいオジサンは言っていたが、街では海賊らしい海賊を見掛けなかったような…

「まぁ…此処は街の外れだもんね。」

気を取り直しページを捲ると、窓からも見える美しい雪山の写真や賑わう街の店の紹介などが沢山載っていた。

「あの雪山はローザ山っていうんだぁ……あ、あ、あ、これこれ…何でだろ?」

私は1枚の写真とその説明文に目を凝らす。

それは、島民が斧を背負う理由。

『アークナス島は雪神の島。古くからこの島では、熊を狩りその首を雪神に差し出す事で、深い雪に閉ざされた生活の中でも食糧や物資に困る事がないと信じられていた。』

「熊か…ベポ、大丈夫かな…」

ボリボリ、お菓子をつまみながら読み進める。

『しかし現代では近隣の島との貿易も盛んになりその風習は消えつつある。その為、雪神の怒りに触れぬ様、狩りに使われていた斧を尊崇の念を持って身に付ける事で変わらぬ恩恵を得られると伝えられる様になっていった。』

「ふぅーん、そっか、なるほどねぇ…」

頷きながらもバタン…本を閉じる。

「ペンギンさん…起きたかな。」

せっかく晴れているのだから…
私は帽子を被りコートを着て廊下へ出た。


コンッコンッ

「……」

隣の部屋の扉を叩くが

コンッコンッ

「いない…」

トボトボ…私は部屋に戻る事なく宿の階段を下りた。










外に出れば白が眩しい朝の街並み。
しかし表通りを避け宿の裏に回り、まだ誰も足跡をつけていない一面銀世界の公園でごそごそ…

『雪遊びのすべて』

寒いのは嫌だが一度やってみたかった。

「初級編・雪だるまの作り方、は…8ページと…」

ポケットに忍ばせてきた小さな本を開き内容を頭に入れてからまたしまうと、雪を丸めそれを転がす。

「冷たッ…」

コロコロ…コロコロ…

「本当だ…でっかくなるッ!ハハ。」

あっという間に出来上がった2つの大きな雪の玉。だが…

「これをどうやって乗せる、のか…」

パラパラ…また本を見ると、ページの片隅に

『※注意・初心者はまず直径30cmから始めよう!』

「えぇぇぇ…そんな大事な事、こんな小さい字で載せないでよぉ…」

ガクリと肩を落とすが、気を取り直して次を探す。

「雪遊びの王道、ふむふむ…初級編・雪合戦は…14ページ。ん、まず注意書きは…雪玉に石などの硬いものを入れるのは危ないのでやめましょう、て…え、そんな人いないでしょ。」

私は指先にハァーッと息を吹き掛けてから夢中で小さい雪玉を沢山作ると、それをポイポイ遠くに投げ始めた。

「えいッ!えいッ!はぁ…楽し!」

だんだんと身体が温まり自然と心まで解れ笑顔になる。

と、その時…

「お姉ちゃん、何してるの…?」

「ひぁッ…!」

びくりと振り返ると…毛皮の帽子を被った男の子が私のすぐ後ろに立っていた。

「あ、ハハ…えっとね、これは…雪合戦っていうんだよ?知ってる?」

「雪合戦…?」

キョトン…首を傾げられた。

「う、うん。」

「雪合戦は1人じゃ出来ないよ?」

「え……そ、そうなの?」

パラパラ…急いで本を確認すると

『※エンジョイポイント・2人より3人!3人より4人!』

「えぇぇぇ…1人じゃ出来ないとはどこにも書いてないしぃ…」

白い溜息と共に項垂れる。

「一緒に遊んであげよっか?教えてあげるよ!」

「え…あ、でも…」

「おいで!」

人懐っこい笑顔に手を引かれ断る理由もなかった私はその男の子と一緒に、まず雪玉を作る事になった。

「最初にルールを決めるといいんだよ。持ち玉1人30個、自分の陣地からは出ちゃダメ、3回当たったら負けね…分かった?」

「なるほど…はい。」

「じゃあお姉ちゃんはそこ、僕はあっち!」

「うん!」

「いくぞぉー!戦闘開始ー!」

距離を取り二手に分かれると男の子は勇ましく叫んだ。

「うわっ!!」

途端ビュンビュンと飛んでくる雪玉。

「お姉ちゃんも逃げてばっかいないで投げてよ!」

「はい、すいません!」

しかし投げ返す隙を与えてくれない。
これが雪神の島のテクニックなのだろうか。

ベシッ…!

「痛ッ!!」

とうとう猛スピードの玉が顔面にヒットした私はそのままぼふりと倒れ込み、雪上の戦はすぐに幕を閉じた。

「あーぁ…下手くそぉ。」

「ごめんなさぁい…」

こんな子供にまで呆れられる私って一体…

「頬っぺた痛い…?」

「ん…大丈夫だよ、ハハハ。」

ヒリヒリと熱くなる頬を擦りながら身体を起こす。

すると、男の子は私の頬に付く雪をフワリと指で溶かし、今まで帽子に隠していた瞳をまっすぐに向けこう言った。

「あのね…僕、昨日お姉ちゃんの夢見たんだよ。」

「え…?」

それは、白いウサギと同じ

「何で泣いてたの?ひとりぼっちで淋しかったの?」

…赤い目

「明日もまた僕が遊んであげるから…そしたら今日は泣かないよね?」

「……」

「約束があれば、淋しくないでしょ?」

不思議な感覚に思考が浮遊する。

「じゃあねー!バイバーイ!」

「あ…ま、待って…」

我に返った私は男の子を追い掛けようと立ち上がったが、降り出した雪がまつ毛に張り付き目を閉じる事を余儀なくされた。

























…青い空から、牡丹雪
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ