《4》

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「がぁぁ………ガッ!」

自分の厳ついいびきに驚いて目を覚ました私は時計を見遣るとベッドから飛び起きすぐに着替えて帽子を被り外へ出た。





「ハァ…ハァ……いた。」

今日は吹雪いているからいないと思った、でもその子は来ていた。

…約束の公園に。

「ごめんね!待った?寒かったでしょ…?」

小さな雪だるまが沢山並んでいる場所へ駆け寄ると

「見て見て僕の子分達!」

男の子は嬉しそうに笑いながら振り返った。

「ハハ…本当だね、凄い凄い!」

私はパチパチと手を叩く。

「僕、もーっと大きいのも作れるよ!見たい?」

「本当に…?見たい見たい!でも大きいのは上に乗せるの、大変でしょ?」

「ううん、全ー然!だって、あの山とおんなじくらいの雪だるま作った事あるもん!」

今日は吹雪に姿を隠されるローザ山の方向をその子は指差した。

「ハハハ。」

私も子供の頃、よくそんな事を言っては父や皆に笑われたっけ…
ふと幼き日の自分をその子に重ねた。

「そっかぁ、力持ちだ!」

でも…余りにも、寒い。

「大きいのは、また今度見せて?今日は雪が凄いからさ、違う所で遊ぼっか?」

どこか暖かい場所に移動しようと提案したが…

「じゃあ、僕が雪のおうち作ってあげよっか?」

「雪の、おうち?」

男の子はゆっくりと私から離れると楽しそうに笑った。

「いいよって言うまで、目つぶっててね!」

「あ、はい…分かりました。」

私は目をつぶり顔を両手で覆った。


「……」


びゅうびゅう…冷たい風の音
バチバチ…身体を叩く雪の音

どれくらいそうしていたのか
五感が狂い始めた、その時


『…いいよ』


耳元で聞こえた…声。

「う、うん…」

恐る恐る目を開けると、目の前に大きな雪の塊。
しかしよく見ると入り口があり中が空洞になっている。

「入ろ!」

気付けば後ろにいた男の子は私の腰を押して雪の家の中へと誘った。

「へぇ、凄い…見た目より中は広いんだね…ハハ、温かいし!」

「お姉ちゃん、寒そうだったから…ここなら大丈夫?」

「うん!ありがと、優しいんだね。」

「……」

「ん…?どうしたの?」

男の子は急に私を見つめたまま黙り込んでしまった。


「……」

「……」


よく見るとこの子…
透けてしまいそうな程、真っ白な肌。

「…怖くないの?」

ぼんやりと見惚れていた私は突然の言葉に思わず肩を揺らした。

「…怖い?…何が?」

「僕の事。」

「へ…?な、何で?」

「……」

「教えて?」

「だって……僕の目…」

「……」

悲しそうな声。
私はゆっくりとその子の前に座り、目の高さを合わせて帽子の奥のその瞳を覗いた。

「私ね、貴方の目が大好きなんだ。宝石みたいな綺麗な目…」

どうして隠してしまうのか
誰かに何か言われたのか

こんなに…美しいのに

「綺麗な…目?」

「うん!うさぎさんみたいで可愛いよッ…ピョンピョン!」

ニコリ…笑顔を向けた。

「本当に?」

「うん!本当本当!」

「じゃあ僕と友達になってくれるの?明日も明後日も、遊んでくれる?」

「ハハ、勿論!こちらこそ、遊んでくれる?」

「うん!」

私はギュッとその子を抱き締めた。

「私も、昨日…君の夢を見たの。でも君が遠くに行っちゃうから…泣いちゃった。」

「……」

「淋しいのは…嫌だよね…」

小さな子供相手に何を言っているのか…
そう思いながらも、その子に心を吸い込まれた私は一粒の涙を雪に落とした。

すると

『泣かないで…』

男の子は私の首をフワリと撫でてから立ち上がった。

「いいもの見せてあげるよ!」

「え…?」

「来て!」

手を引かれまだ吹雪く外に足を踏み出した…その瞬間


ぶわり…!


真横に吹き付けていた雪が、一斉に上空へと舞い上がる。

「わ!うわぁ…」

飛ばされそうになる帽子を必死に押さえながらも私は思わず歓喜の声を上げ、雪達の行方を目で追った。

あぁ、そうか…分かった。

「雪が…生きてる…」

この島の空、私の能力で動かす事などきっと出来ないのであろう。

何故なら雪が、風を雲を動かしている。
この島の空はその全てを雪に操られているのだ。

「さすが…雪神の島…」

真剣な眼差しでずっと風を見ていると

「お姉ちゃん…」

「ん……、ん?」

フワリ…私に微笑む。

「大好き。」

「…え?」

「じゃあ、また明日ね!」

「……」

「バイバーイ!」

男の子はケラケラと笑いながら走り出していった。

公園の奥
その先の、森へ

「え?ま、待って…!」

私は追い掛けた…夢と同じ様に

「待って…!迷子になるよ!」

雪に消えていく姿に手を伸ばし、その向こう側へ足を踏み入れようとした…

しかし、その時


「名無しさん…!!」


びくりと立ち止まり振り返る。

「何してる…!」

「ペンギン、さん…」

ペンギンさんはすぐさま私に走り寄るとガシリと腕を掴んだ。

「どういうつもりだ…!」

「だ、だって…!男の子が…!」

「いい加減にしろ!…来い!」

白い風の中、そのまま引き摺られる様に宿に戻る途中…私はいつの間にか気を失っていた。










「う…ぅ」

目を覚ますと、自分の部屋。
視界がぼやけ息が熱い。

「…名無しさん?」

「ペンギンさん…」

「解熱剤を打ったからすぐ楽になる…お前、40度の熱があったんだぞ。」

熱……?

「外出は無しだ、寝てろ」

「船、長…」

目を細め2人を見遣ると、椅子に座るトラファルガー・ローと机に凭れるペンギンさんは昼食を食べながら話し掛けてきていた。

そういえば…今日は外出許可が下りていたけど。

「あ、あの…」

しかし、そんな事よりも…

「それ…下、さい…」

「あ?」
「は?」

「好きなん、です…だから、私にも…」

間違いない、この匂いは…

「肉巻きチーズ、を…下さいッ…」

しもやけになった手をプルプルと伸ばす。が、

「お前の飯は点滴だ」

「普通の人間は40度の熱で食欲なんかないぞ?」

「……」

点滴の針が刺さる自分の手の甲をジロリ…涙目で睨む。
すると

「じゃあこうしよう…」

ガタリ…トラファルガー・ローは椅子から立ち上がると串に刺さる肉巻きチーズを私の鼻の前にチラつかせ始めた。

「そんなに欲しいか」

「え…は、はい…」

「なら…私の口に入れて欲しいと言え」

「あの、それはイジメですか…」

「言え」

「……」

纏わり付く香ばしい匂いにゴクリと唾を飲んでから、助けを求めチラリとペンギンさんを見る、と

「フ、フフ……」

目頭を押さえ笑いを堪えていた。

やはりこの2人が揃うと何か恐ろしい事が起こる様だ。

ただでさえ熱で火照る顔を更に真っ赤にさせながら私は声を絞り出す。

「私の口に…入れて欲しい…です。」

そして

「い、言いましたよ……あーん」

口を開けた。が、

「質問に答えたらくれてやる」

彼は串を引っ込めた。

「言ったらくれるってッ…」

「言えと言っただけだ」

「な……」

何て、外道な…

「外で何をしてた」

「は…?」

「お前の能力は雪とも会話出来るのか」

「……」

「あの崖に落ちたら命はねぇぞ」

…何を、言っている?

「二度と行くな…分かったか」

そう言うとトラファルガー・ローは串に刺さる肉巻きチーズを私の目の前で全部…食べた。

























約束だよ、お姉ちゃん…
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