《4》

□雪兎の森
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『雪にも色があるんだよ…ほら!』

男の子が手を翳すと
水色の雪が降る。

『これはお姉ちゃんの涙の雪!』





また、夢を見ていた。
あの子の…




















今日も朝から深々と
牡丹雪が静かに島を白に染めていた。

「何で、だろ…」

私の夢を見たなんて言われたから、私もあの子の夢を見てしまうのだろうか。

「待ってるかな、でも…」

ペンギンさんに怒られてしまう。
トラファルガー・ローにもそこに行くなと言われている。

だから、約束の公園には行けない。

「……」

目を覚ました私はベッドに寝転んだまま気付けば昼近くまでずーっと、男の子の事を考えていた。

「あぁぁ…!駄目だッ、取り敢えずシャワー。」

どうにもならない現状を一度手放す事にしてガバリと起き上がった。
が、机の上の紙袋がふと目に付いた。

それを手に取り中を見る。

「あ、手袋…」

ペンギンさんに頼んだその日に、彼は買ってきてくれていた。

「わぁ、可愛いぃ…」

まるで鍋掴みの様な、アルパカの顔の形をした白い毛糸の手袋。
手を入れて親指を広げるとアルパカの口が開くという作りだ。

「ハハハハ…」

ペンギンさんは一体どんな顔でこんな可愛い手袋を買ったんだろう…

私は嬉しくなって彼にお礼を言いに行こうと扉へ向かった。

…その時





バシンッ!

「………」

窓を振り返る。

バシンッ!

雪玉がぶつかる音。

ゆっくりと踵を返し

ガラガラガラ…

ベランダに出る、と



「お姉ちゃん…!」



此処は建物の5F。
しかし男の子は部屋の窓に雪玉を当て私を誘い出した。

「あ…あのね…」

いくら待っても来なかった私を怒っているのだろうか。

やけに静かな空気の中、その子にゴメンネを言いたくて私は声を張り上げた。

「約束破ってゴメンなさい…!私ッ…行きたかったけどでも、行けなくて…!」

すると耳元で…


『これ、返して欲しい?』


目を凝らしその子の手のひらを見ると

…水色の雪の結晶

私は自分の首元を確かめた。

この島に着いてからずっと付けていたシャチから貰ったペンダント。

それをその子が持っている。

「遊んでくれたら返してあげる!」

そう言うと男の子は宿の裏側へと走り出した。

「あ……!」

私はうさぎを追い掛けようと
急いで部屋を…飛び出した。





約束の公園に出ると男の子が遠くからこちらを見ていた。

「こっちだよ…!」

そしてまた、走り出す。

「待って……」

ケラケラと笑いながら森の中へ逃げて行くその子を無我夢中で追い掛ける。

気付けば辺りは雪に閉ざされすぐに方向感覚を失った。

「どこ…?お願いだから…隠れないで出てきて…」

私は立ち止まり、白い空を仰ぎながらハァーッと大きく息を吐いた。



『此処にいるよ…』



「っ……!」

すぐ後ろから囁かれた声に振り返り
足を一歩踏み出した、その途端…

「う…あッ…!」

崩れた雪に呑み込まれ
全てが闇に包まれた。




















「お姉ちゃん…」

「……」

「お姉ちゃん…?」

「ん……」

目を開けるとそこは大きな雪の家。

男の子が私の頬を撫でていた。

…何て、冷たい手

「此処、は…」

「僕のおうちだよ。」

「おう、ち…」

ふらつく身体を起こすと男の子は笑いながら抱きついてきた。

「お姉ちゃん、あそこに閉じ込められてたんでしょ?だから公園に来れなかったんでしょ?」

「……」

「もう大丈夫だよ!これからは僕が守ってあげる。」

私は、俯いた。

「寒いの?」

「ん…うん。」

コートも帽子も、手袋もない私はブルブルと身体を震わせている。

「僕の帽子、貸してあげるよ。」

その子は自分の帽子を取るとフワリと私に被せた。

すると目に入ってきたのは
真っ白な髪の毛。


…雪


「今日は何して遊ぶ?また雪合戦がいい?それとも大きな雪だるま見たい?」

「……」

抱きついたまま決して離してくれそうにない小さなその手は…
無性に甘えたいと願い母親を困らせてしまう子供の不思議な衝動と重なった。

「あの、ね…」

「なーに?」

「私、勝手に部屋を出てきちゃったから…早く帰らないと、みんなに心配掛けちゃうんだ…」

少しずつこの子に体温を奪われていく…

「それとね、明日の夜にはこの島を出なきゃいけなくて…だからもう、会えなくなっちゃうんだ…」

だけど、それでも、
私は男の子を強く抱き締めた。

「私なんかと仲良くしてくれてありがと…せっかく友達になってくれたのに、ゴメンね…」

すると

「…お姉ちゃん、僕と遊んでくれるって言ったでしょ?なのに何で、もう会えないなんて言うの?」

「……」

「嘘つき…!」

怒り出したその子は、柔らかそうな白い髪をブワリと逆立てた。

「僕が殺してあげるよ。」

「え…?」

「あのお兄ちゃん…」

「……」

「だってあのお兄ちゃんのせいで、夢の中のお姉ちゃんは泣いてたでしょ?」

キラリ…その子はペンダントを翳すと雪に包み宙に浮かべた。

「シャチ…の、事…?」

「あのお兄ちゃんさえいなければ…もう泣かないよね?」

「……」

「淋しくないよね?」

そしてその雪をフワリ…
指で溶かし消してしまった。

「やめて…!」

私は咄嗟にその手を払った。

と、次の瞬間

男の子は私の目に息を吹き掛けた。

瞬時に視界が冷たい雪に閉ざされる。


『この島は雪神の島…何者も雪には逆らえない…』


…恐ろしく低い声。


『僕の雪になれ…』


一瞬で全身の感覚が飛び、
バタリと倒れ、遠のく意識。

「……」

私は凍える息を吐き、声を絞り出した。

「…私、雪になる…から…」

「お姉ちゃん…?」

「ずっと、此処に…いるから…」

「お姉ちゃん…?」

「だから…シャチを殺すだなんて…言わない、で…」

「……」

「お願、い…」

口を閉じた、その時
私の心臓が…止まった。

























…友達
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