《4》

□雪だるま
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…シャチとキスをした
そうして欲しいと、自分からねだった

震える唇を互いに求め
二人は心を…慰め合った。










コンコンコンッ

「名無しさん、出発するぞ。」

「は、はいぃ…!」

ガチャ…

夕方には船に入り出航準備をする予定のペンギンさんと私は、買い出しの為早めに宿を出る事になっていた。

「おはようございますッ…もう、支度終わりますからちょっと中で待ってて下さい…!」

シャチの事を考え余り寝れなかった私は案の定、寝坊していた。

「今日は天気がいいから気温が下がる、暖かくしろよ。」

「はい。」

部屋まで迎えに来たペンギンさんは鞄を扉の前に置くとチラリとこちらを見遣る。

「昨日はコートも着ないで飛び出して…あれからシャチと仲直りしたのか?」

「え?あぁ…ハハ、どうでしょうか…」

どきり…顔を赤くした私。
彼がそれを見逃す筈が、ない。

「名無しさん…?」

平静を装いながら鏡の前で口紅を塗る私に歩み寄ったペンギンさんは首元に光る雪の結晶のペンダントをキラリと指で弾いた。

「宿まで送ってもらったんだろ?」

「は、はい…」

「奴に抱かれたか…?」

「え…?あの…」

思わず訝しげに彼を見る。

「そんな風に、言わないで下さい…送ってもらっただけですから…」

「同情なんて、アイツを傷付けるだけだぞ。」

何だか、嫌な言い方。

「お前は女神じゃない…傷を持つ人間に会う度にそいつを癒してやろうだなんて、無理な話だろ?」

「……」

「下で待ってる。」

手袋を差し出しながら冷たく微笑んだ彼は、私の荷物を持ち部屋を出て行った。





踵を鳴らし階段を下りる。

1Fのロビーに出ると、ペンギンさんが宿代を払っている最中だった。

「あ、れ…?」

と、ある場所を目にした私は足を止めた。

そこは宿の片隅にあるこの島名産のお菓子や置物が売られている小さな土産屋。

「……」

自分の記憶が確かなら…
私は此処にあった筈の食堂で、肉巻きチーズ定食を食べた。

しかし食い違う現実に、突如その記憶すらぼやけ始める。

「…何か欲しいのか?」

睨む様に土産屋を見据えていた私の肩にペンギンさんがトンと手を置いた。

「あ、いえ…」

「行こう。」

「…はい。」

まるで狐に摘ままれたかの様な私は、それ以上考える事を諦め、宿を後にした。

しかし、外に出た所でまた立ち止まる。

「あの、ごめんなさい…ちょっと待っててもらってもいいですか…?」

…もしかしたらあの子が
今日も私を待っているかもしれない。

帽子を深くずらし揺らぐ瞳を隠した私に彼は

「フフ、裏か…」

苦笑いした。

「自分の目で、見てこい。」

「すいません、すぐ戻ります…」

私は、走り出した
…約束の公園に。










「そっか…」

…男の子はいなかった。

そして何となく、分かってた
…けど

息を切らす私の目の前に広がる光景は

…ただの底深い崖、だった。

「ふぅぅ…」

白い息を吐く。

約束の公園、その奥の森

私に雪合戦を教えてくれた
私に雪のおうちを作ってくれた

あの子も…全てが


「夢か、幻か…」


ズボリとその場に膝をつき、あの子に出会った日と同じ青が広がる空を見上げる。

「んぐッ…っ…」

泣いたらまた心配しちゃうかな。
でもコレは、君を想う涙。
だから…いいよね。

「…フェアボル」

私は空気を膨らませ

「ありがと。」

そこに言葉を詰めると風船のようにフワリと風に流した。

届け…そしていつか必ず

「また、遊ぼうね…約束。」

涙を袖口に吸い込ませゆっくりと立ち上がり踵を返した。

すると

バシンッ!

「ぎゃ、あッ…!」

肩に何かがぶつかってきた。

見るとペンギンさんが雪玉を手に佇んでいた。

「挨拶は済んだか?」

「へ…?は、はい。」

「そうか。」

バシンッ!

「痛ッ…!」

また、当てられた。

「何、で…?」

「フフ…逃げなくていいのか?次は、石入りだぞ?」

彼は笑いながら構える。

「げ…!」

何故か突然狙われた私はしかし逃げ場などなくまさに崖っぷち。

「ず、ズルいッ!」

「俺は狙った獲物は逃がさない。」

ジリジリと詰め寄られたじろぐ私に彼は石入りの雪玉をヒョイと放ってきた。

「ほわぁぁぁッ…!」

その瞬間、ペンギンさんの横をすり抜けようと駆け出した。が、

「甘過ぎる…」

「ふぅあッ…!」

足を払われバフリ!と冷たい雪の中に倒された。

その衝撃にキラキラと、下から上へ粉雪が散る。

「……」

「……」

上に跨り両手を拘束してきた彼はするとまっすぐに私を見つめこう言った。

「本気で俺から逃げたいなら…」

「……」

「俺を、殺せ。」

「…ペンギン、さん…」

彼の言葉の意味が分からなかった。
だから私はその瞳のグレーの色をただ…見つめ返した。




















街へ出ると、どこもかしこも凄い人。

「今日って、何かあるんですかね?」

私の手を引きスタスタと少し前を歩くペンギンさんを見遣る。

「あぁ、年に一度の雪祭りだそうだ。今日はその初日らしいぞ。」

「雪祭り、ですか…」

「夜は花火も上がる。もしかしたら船から見えるかもな。」

「へぇ、そうなんですか?見れるといいですね。」

そんな会話をしながら店を何軒か廻り、海に関する本や日用品などを買い足していった。

「そろそろ昼飯にするか、何がいい?」

「えっと…じゃあ、肉巻きチーズ!」

「フフ…よく飽きないな。」

彼は一軒の店を指差し、そこにしようかと私を誘った。





カラララン…

混雑した店内。
暫く待たされてからようやく席に着くと、すぐにペンギンさんの目が鋭く一点を見据え始めた。

「ん…?どうしました?」

「振り返らなくていい。」

「…え?」

そう言われ反射的に振り返った私。

「あ、あのコ…」

それは何の因果か…
夜は娼婦の綺麗な店員さんが少し離れた席で友達と楽しそうに食事をしていた。

「別にお前が気にする事はない、普通にしてろ。」

「はい。」

私達はガヤガヤと食事を済ませ、コーヒーを啜りながら話をした。

「この後どうしますか?何か私のばっか買ってますけど、ペンギンさんはいいんですか?」

「俺は、必要な物はもう揃ってるからな。少しブラついたら早めに造船所に向かおうか。」

「そう、ですね。」

カタリ…
カップの淵に付いた口紅を指で拭いながら私はふと呟く。

「そういえば私ずっと思ってたんですけど何かこの島って、平和な感じ…」

「……」

「ペンギンさん?」

彼を見ると

「はぁ…こっちに気付いたな。お前は無視してろ。」

「はい…?」

すると、

「こんにちは!また会いましたねッ!」

その声に顔を上げると、綺麗な店員さんがテーブルの前に立っていた。

「今日もデートですかぁ?仲がいいんですね、羨ましいッ。」

酒場での一件を私達が知らないとでも思っているのだろうか、彼女はコロコロと笑いながら話し掛けてくる。

「何か用か?」

ペンギンさんも平然と微笑みながら彼女に対応する。

「あのー、私、前に貴方と同じつなぎ着た人と飲んだんですけど…えっと、シャチ…でしたっけ?」

「あぁ…それがどうした。」

「彼に言っといてもらえませんか?あんたみたいなクズ、こっちから願い下げだって…二度とこの島に来るなってッ。」

「……」

「じゃあ、さよならーッ。」

可愛く首を傾げて手を振ると彼女は踵を返した。

しかし、ガタリ…

「今…何て言った?」

「は?…何?」

彼女は振り返る。

椅子から立ち上がり声を掛けたのは
…私。

私は彼女へと歩み寄り長いまつ毛が瞬く瞳を見据え言葉を発した。

「貴方がシャチの何を知ってるの?」

「何なの、あんた…」

「今の言葉、取り消して…?」

「ちょっとウザいんだけどッ…」

彼女は私の肩を小突き逃げるようにまた歩き出した。が、

「きゃあッ…!!」

私はその腕をグイと掴み引き戻して声を張り上げた。

「シャチはクズじゃない!それにそんな事あんたにいちいち言われる筋合いもない!だから取り消して…!」

「ちょっ…離して!頭おかしんじゃないのッ…!」

「取り消してよ…!!」

頭に血が上った私は彼女を殴ろうと拳を振り上げた。が、

「やめろ、名無しさん…」

ペンギンさんに引き離された。

「この女はシャチにも断られた可哀想な女だ…許してやれ。」

そう言うと彼は彼女の顔を覗き込みふわりと頬を撫でながら、囁いた。

「誰がクズで誰が価値のある人間かなんて、雑魚相手の娼婦が偉そうな口をきくんじゃないぞ…」

「……」

「次また言ってみろ、遠慮なくお前を切り刻んで燃やしてやる。フフ…分かったか?」

「は、は、はい……」

おぞましい台詞を優しい口調で言われた彼女はコクコク頷くと

「ふ、ふぇぇーんッ…!!」

膝を崩し泣き出した。

「行こうか。」

「あぁぁ…はい。」

カラララン…

店を出た彼の背中を見て私は思った。

やはりこの人は…怖い。

























人の価値は
…いつも心の中にある
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