《4》

□万波の狭間
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アークナス島を出航した次の日
気候はガラリと変わり…夏





「暑〜ッ…もうダメ、死ぬ…」
「寒いのはよ、着込んだり暴れたりしてれば凌げるんだ…でも暑いのはッ…脱いでも何しても、とにかく暑いんだッ!」
「名無しさん、雪神呼べや、雪神ッ…!」

穏やかな波の通路を進む船。

「みんな情けないなぁ…昨日までの元気はどこいっちゃたのぉ…?」

甲板の床に上半身裸で茹だるクルー達を冷たい目で見遣る。

「あぁッ…またダメかッ…」

その日休みだった私はタンクトップに短パン姿とリゾート気分で、昼過ぎから悠々と手摺りに凭れながら釣りをして時間を潰していた。

「おっかしいなぁ…この竿が、いけないんですかねぇ…?」

後ろを振り返れば…
クルー達と同じく甲板に寝転び口を開けて項垂れているベポと、そこに寄り掛かり涼しく私の様子を見据えているトラファルガー・ローもいる。

「何が原因か、考えればすぐ分かるだろが」

「原因…?いや、でもぉ…」

初めて釣竿を握った私はクルー達に教えてもらった通り、バナナの皮を餌にマグロを釣ろうとしていた。

「初心者がいきなり大物を狙うからダメなんですかね…やはり最初は謙虚に小アジあたりを…」

「アホか…」

呆れ顔のトラファルガー・ローは溜息をつくと白いモフモフに埋れながら寝に入ってしまった。


「ふぅぅ…」


ぼんやり…油凪を見つめる。

何だかポッカリ心に穴が空いた様な…
今日は何て静かな海。

「青い空…紺碧の海。」

柔い風が私の髪を木の葉の様に揺らす。

「もしも空や海がピンク色だったら…人はそこに、癒しを感じる事が出来るのか…っと!」

ヒュン…!
ぼやきと共にポチャリと落ちたリードの先を見据える。

「違う違う…海の色は百の色、空の色は千の色…」

まったりと下らないであろうそんな思考に浸っていた、その時


「あの、船長…」

「……」

「船長…?」

「うるせぇ…黙って遊んでろ」

「マ、マ、…マグロッ!助けてぇ!!」

「あぁ?」

「「「「えぇぇッ!?」」」」


訝しげに目を開けたトラファルガー・ローやクルー達は、300kg級のマグロに竿を撓らせ海に引き摺り込まれそうになっている私を見るとすぐにベポを起こしてそれを引き揚げさせた。










ガヤガヤ…ガヤガヤ…

「マジで釣ったの?バナナの皮で…?俺、冗談で言ったんだけど…」
「コックが言うにアレ、マグロの中でもまた更に美味い黒マグロらしいぞ…」
「お前は本当に…最強だよな、色んな意味で…」

「ハハ…そんなに凄いかな?」

夜の食堂に入るとクルー達はマグロ一本釣りの話題で持ちきりだった。

「コックさん、どんな風に料理してくれるんだろッ…楽しみ!」

ガタリ…
自分の席に着いた私はしかし
…固まった。


「何コレ…」


目の前の大皿には、さっき釣った巨大なマグロの頭部。

「フフ…でかしたな名無しさん。それはカブトニといってな、目玉が美味いんだ。」

「は…」

ペンギンさんが微笑みながらワノ国の逸品、大トロのサシミを食べている。

「顔の肉も美味い…釣った奴が食うのがこの船の掟だ」

「いや、あの…」

隣ではトラファルガー・ローが同じくワノ国の逸品、大トロの炙りスシを食べていた。

「ハ、ハハハ…」

顔を引き攣らせた私は、恨めしそうにこちらを睨んでくるマグロの目にそっと…ナプキンを被せた。




















「おはようございまーすッ。」

早朝からの仕事、操舵室に入るとシャチがいた。

ペンギンさんと机に向かい合い何やら話をしている。

「あれ…?」

確か彼は朝まで不寝番だった筈。

私はコーヒーを3つ入れてからガタリとペンギンさんの隣に腰を下ろした。

「何してるんですか?」

「おぉ…はよ。」

「おはよう…もう朝か。」

何だか、変な空気。

「じゃあ、俺行くわ…」

「あぁ、ゆっくり休め。」

シャチはすぐに立ち上がると本とノートを手に出て行ってしまった。

「あのー…」

「名無しさん、今日は午前中一緒に書庫の片付けをしてもらいたいんだが、いいか?」

小首を傾げる私の頭を撫でながら彼はいつもの様に微笑み掛けてきた。

「クルー達の下らない本ばかりでな…多分もう置き場がないから少し倉庫に移動させよう。」

「はい…」

「行こうか。」

何かを誤魔化された…か。
そしてせっかく入れたコーヒーは誰にも手を付けられる事なく、湯気だけがふわふわと目覚めの香りを部屋に漂わせていた。










「ごへッ…ゴホッ!」

相変わらず凄い埃とカビの匂い。
そして中に入ってすぐの所に乱雑に置かれているのは、ペンギンさんが言っていた…下らない本。

「水着美女、ですか…」

「フフ…見たいなら部屋に持って行けばいい。」

「要りませんて…」

そんな事を言いながら作業を始めた私達。

「船長の本が一番幅取ってますけど…古そうな物も捨てちゃ駄目なんですよね?」

「そうだな…あの人は何度も読み返すから、いつでも取り出せる様に綺麗に棚に並べておけ。」

「はぁーい。」

ガサガサ…ゴトゴト…
二層になっている本棚。

脚立に上り奥の本も全部引っ張り出そうと爪先立ちになった。
と、その時…グラリッ!

「うがぁッ…!!」

バランスを崩した私は思わず棚の上を掴む、と

「名無しさんッ…!」

バサバサバサバサッ‼
…ガシャ…ンッ‼

重厚な棚と一緒に崩れ落ち本を床にばら撒いた。

「……」

「…っ」

しかしその衝撃は、いつの間にか私の上に覆いかぶさっていたペンギンさんに…そして

「大丈夫か、名無しさん…」

「ペンギン、さん…」

私を心配する彼の頭からは

「血…が…」

ボタボタと鮮血が滴り落ちる。

「やっ…」

「落ち着け、早く出ろ…」

ぐ…ッと顔を歪ませながら棚を浮かせたペンギンさんは狼狽える私のつなぎを掴み自身と共にそこから引き摺り出すと防寒帽で傷口を押さえた。

「此処は他のクルーに片付けさせるから、お前は操舵室に戻れ。」

「血…血を、止めなきゃ…」

私は蹲ったままのペンギンさんに抱き付いた。

「誰かッ…、来て……っ!」

「心配しなくていい…」

「船、長…ッ‼」


…その後すぐ騒ぎに気付いたクルーが血だらけのペンギンさんと私を医務室へと運んだ。




















「んぐッ…ぅゥ…」

医務室の前。

「名無しさん?泣かなくていいんだよ?これくらいの事でいちいち騒いでたら海賊なんて務まらないんだから…ね!」

「だ、だって私のせいで…ヒック…」

「大丈夫だって!ペンギンはね、名無しさんが無事ならそれでいいんだから!」

彼の血でつなぎを真っ赤に染めたまま廊下にしゃがみ込む私をベポは宥めてくれていた。

ガチャ…

「……」

ペンギンさんの処置を終えたトラファルガー・ローがやっと出て来た。

「キャプテン!どうだった?」

心配そうに詰め寄ったベポにしかし彼はそれを無視し、血だらけの手をタオルで拭いながら私を見据えた。

「…ちょっと来い」










ガチャ…

船長室に入るとトラファルガー・ローは机に寄り掛かり腕を組む。

「傷自体は大した事ねぇ…12針縫っただけだ」

「12、針…」

「それより足を痛めてる…暫くは自由に動けねぇだろ…」

そう言うと突然、白い帽子をヒュン…と私に投げ付けてきた。

「っ…!」

避ける間もなく頬に当たったそれは速度を失うと、不思議なくらいゆっくりと床に転がり落ちる。

「奴が今までこんな下らねぇ怪我をした事はねぇ…」

「……」

「どう責任取るつもりだ」

「私…」

ただ俯くだけの私。

「周りに甘ったれて迷惑ばっか掛けてんじゃねぇぞ…」

「……」

「次に騒ぎを起こしたら罰を与える…覚悟しとけ」

「は、はい…」

「行け」


私のせいで怪我を負ったペンギンさん。
彼がいないと途端この船の歯車は
…狂い出す。
























…波濤に揺れる船
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