《4》

□ミツバチ
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…潜水して4日目
ペンギンさんはまだ足を引き摺りながらも操舵室に戻ってきていた。





「明朝、浮上する。通常の勤務体制に戻すから各自ゆっくり休め、お疲れ。」

「「「やったぁ…!」」」

ほっ…私も胸を撫で下ろした。

「名無しさん、お前は海図だ。」

「あ、はい!」

ガタリ…
大きな机、ペンギンさんの正面の席に着く。が、

「……」

「……」

「……」

今までと違う事が一つ。

「なぁ、ペンギンよぉ…」

「今忙しい。」

「いやいや、あのよぉ…」

「後にしろ。」

それは机の角っこに…シャチがいる事。

「俺が勉強してんの、コイツには内緒にしてくれって言っただろが…なのに何で俺は、今、此処にいんだ…あ?」

口を尖らせたシャチは私達の間にポ〜イと帽子を投げた。

「現場にいたほうが仕事の雰囲気が掴めるだろ、それに分からない事があればすぐに聞ける。」

「でもよぉ…」

「格好つけるのは仕事を覚えてからにしろ、まったく…」

「ぶーぶー…」

ペンギンさんはバシリと帽子をシャチに投げ返す。

「まぁまぁ。シャチ、頑張ってね…船の事はシャチのほうが詳しい訳だし、これからは私にも色々教えて?ね?」

「お?おぉ…」

諭す様にその間に割って入る私。

「名無しさん、甘やかすな…こいつはすぐ調子に乗って道を踏み外す男だ…なぁ?」

「…あ?」

「え、でもこれだけ真面目に勉強してるんだから、大丈夫ですよ…ね?」

「お?おぉ…」

「だいたい女目当てに仕事を選ぶ事自体おかしいんだ…どうせすぐに挫折する…なぁ?」

「…あ?」

「理由はともかく、頑張る事はいい事です…ね?」

「お?おぉ…」

「いや、こいつは…」

「…て、もういいわッ!」

バタン!…シャチは本を閉じた。

「何だお前らッ…俺を介して仲良くすんなッ…!」

「は?」
「へ?」

突然キレたシャチ…に私達は互いを見遣る。

「仕事中の私語は慎め、私・語・厳・禁ッ!…分かったかぁ!」

「お前が一番慎め。」

「だぁぁぁぁ…!」

サラリとシャチを一掃したペンギンさんは変わらず海図を描き進めた。

しかしソワソワ…
私はシャチが気になってしまいなかなか仕事に集中できない。

だって私の為に彼が頑張っているとするならば…

「あ、シャチ、そこはね…」

乱暴に書き綴られるノートの内容につい口を出したくなる。

「名無しさん?」

しかし

「こいつがいると集中出来ないか?」

ペンギンさんが私を見据える。

「い、いえ…そんなんじゃ…」

「なら、いちいち構うな。」

「はい…」

さっきまでの様に何の気なく言い返せばいいであろう…

だけど彼の冷たい空気を感じると思考が固まってしまうのだ。

私は何かを…彼に支配されている。




















夜半過ぎ、お風呂から上がり食堂へ向かう。

「あれ…?」

するとシャチがビール片手にまだ勉強をしていた。

「おぉ…どした?寝酒か?」

「ハハ、うん。」

私も冷蔵庫からビールを取りガタリと彼の前に座る。

「シャチ…あんまり無理しないでね。」

「俺は別に無理なんかしてねぇ…これくらい余裕だ。」

「そっか…」



しん…長い沈黙。



私はただペンを握る彼の指を見つめていた。
太くてゴツいが綺麗な、指。

「その指に…」

私を犯した…指。

「愛を、感じた…」

「名無しさん…?」

「ん…?」

ふと、顔を上げる。

「今…何、言った…」

「あ、あ、あぁぁ…!」

ガタンッ!!
思考を口にしていた事に気付いた私は途端、顔を真っ赤にして立ち上がる。

「ち、違う…!私、何も言ってないよッ!え?じゃあ、今のは一体誰なんでしょーかッ!?…なんて!」

そして一目散に走り出した…が、

「待て…」

「やっ…!」

ガシリ…追い掛けてきた彼に腕を掴まれそのままカウンターの奥へと引き摺り込まれた。

「離し…っ」

「ヤダ。」

「離し、て…!」

「離さねぇ。」

シャチは小麦粉が入る麻袋の上に私を押し倒すと、両手の自由を奪い顔を覗き込んできた。

「俺の指見て…何、想像してた?」

「ち、違う…!」

恥ずかしくて涙が滲む。
しかしそんな私を彼は更に煽る。

「あの時の俺に…愛を感じた…?」

「お願、い…離して…」

「それはお前が、俺を受け入れてたって事だ…違うか?」

私には…分からない。

ギュッと目をつぶり現実から逃げる。

「名無しさん…」

すると彼は腕を掴む力を抜き熱い溜息と共にこう言った。


「もしお前が…俺を欲しいと思った時はちゃんと、そう言え…」

「……」

「俺の全部でお前を、満たしてやる…心も、身体もだ…」


そして次にニシシと笑った。
…久しぶりの、彼らしい笑顔。

「へへ…まいったな、これ以上は我慢出来そうにねぇわ…」

「……」

「明日も早ぇんだろ?俺はもう少し勉強すっから…早く行け。」

「う、うん…」

「おやすみ…」

「おや、すみ…」

敢えて私を逃がしたシャチ。
しかし食堂を出た途端…


「がぁぁぁ…ッ!!勉強なんてぇッ…浮かれた頭で誰が集中出来ますかぁぁぁッ…!!」


胸底の叫びが廊下に響き渡った。

「……」

心が、熱い。
そんな自分に…私は戸惑っていた。

























…甘い匂いと蜜の味

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