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□水掛け論
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その声、その髪、その笑顔

彼女の…全て

朝の目覚め一番に見遣るのは
俺の腕の中でまだ眠る彼女の顔

今日もまた、彼女を愛する喜び
今日もまた、互いを想い合う至福の日

「まさかお前が一人の女に溺れるとはなぁ、ペンギン…」

「またその話ですか…名無しさんには言わないで下さいよ」

「クク…」

彼女に出会ってからの俺は確かに変わった
それまでどれだけの戯れに溺れたか
数えようにも無理な話だ

だが今や全て捨てた
この先も必要ない

彼女がいれば、それでいい

「飽きねぇか…同じ味は」

酒を酌み交わす度に船長は
グラスに浮かぶ氷に音を立て
そしてくつくつと喉を鳴らす

「あんたもいつか出会ったら分かりますよ…百のまやかしより、替えの効かない"唯一"の存在に」

言ってゴクリと酒を流し込み
空いたグラスに次を足す

「守るべき存在は迷いを生じさせる」

「いや…守るべきものを得てこそ、人は強くなります」

小さく溶けた氷は注がれる酒にカラカラと踊らされ
あやふやに回転しながら温い液体へ姿を滲ませていく

その様子に目を置きながら
延々と続く男同士の水掛け論

それはある意味
極上の酒の肴でもあった

だが…

「…名無しさん」

「んっ…ペンギ、ンっ…っ」

毎晩ベッドの上で踊り溶けゆく彼女は
まるでグラスに踊る氷
ならば俺は、彼女に熱を注ぐ酒

「ひっ…っ、ぁあっ…あっ…」

…ほら、この味わい

「まだだ…もっと溶けろ…」

弱い自分を認め
深い傷を癒やしてくれる唯一の存在を
あんたが一番知るべきだ

ねぇ…船長





今宵もまた…二つの水掛け論

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