《4》

□嘘つき
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「本っ当偶然にッ…もんの凄いたまたまなんだけどよッ!さっき町からチラッと見えてな、名無しさんと歩きてぇなぁ…なんて想像してたんだ。」

「凄、い…!」





シャチが張り切って連れて来てくれたのは

…地平線まで広がる菜の花畑。

「すっげぇよなッ?俺も春島は色々行ったけどよ、こーんなでっけぇ花畑は初めてだッ!」

そう言う彼はまるで太陽の様な笑顔。

「行くぞッ…よぉぉーい、ドンッ!」

「え?!あぁぁッ…ドンッ…!」

突然走り出した彼の後を私も追った。

甘い香りとミツバチを掻き分け、シャチの大きな背中に手を伸ばす。

「ほいさッ!」

「きゃあぁ…!」

するりッ…
子供みたいな悪戯顔でシャチは逃げる。

「ほれッ…!」

「ぐわぁ…!」

寸前で躱す彼はまた遠くなった。

「へへッ…お前、トロッ!」

「うっさいッ!待てッ!」

こんなに広いのに私達以外此処には誰もいない。

だから何も気にせず、何にも捉われる事なく心底笑い、夢中で走っていた。

「触った!今、触ったってッ!」

「じゃ、今度は俺だッ…ドン!」

「げッ!ぎゃぁぁ…!」

次はシャチが追い掛け出し、急いで私は逃げた。

「おらッ…それでも本気か?あ?」

「めっちゃ…本気ッ…ですぅ!」

シャチが余裕で私の後ろを走ってくる。

逃げながらも振り返れば
まるでスローモーションの様にゆっくりと、彼の手が…

「チョロいッ…!」

「ぶぁあッ…!」

ぼふりッ…

掴まれた腕は彼に引き寄せられしかし足が絡まり合った私達は、そのまま黄色いクッションの上に、倒れ込んだ。

「……」

「……」

私を庇い下に落ちたシャチ。
そんな彼の優しさに気付かない振りをして

「へへッ…」

「ハハハハッ…」

笑い合った。

「おぉッ、名無しさん動くな…花びらが付いてる…」

「ん…?」

シャチはゆっくりと後ろに肘を付き、上に跨る私の頬っぺたから汗で貼り付いた黄色の欠片を取って見せた。

「あ、ありがと…」

しかしふと、我に返る。

何だか急に…恥ずかしくなった。

「ごめんね…ハハ。」

私は立ち上がろうとした、が

「あ?何でごめんだ…」

シャチは笑いながらも腰をロックした。

「な、何でもないよ…」

すると、顔を紅くした私にシャチは…


「名無しさん…」

「……」

「俺、お前の事すんげぇ好き…」


彼は腹筋だけでひょいと上体を起こすと、温かい手で私の頬を包み込み親指で唇を撫でた。

「……」

「……」

ゆらゆらと揺れるその瞳が何故かとても切なくて、私は目を細めた。


「シャチ…?」

「あぁぁ…駄目だなッ、わりぃ…このままじゃ俺、変な事しちまう…」

「……」

「帰るかッ…」


シャチは目を逸らすと、自分と一緒に私も立たせた。

「楽しかったか?またどっかの島にもあるといいなッ…こんなとこ!」

そう言って私の手を引き歩き出そうとしたが…

「……」

私は、足を止めてしまった。

「…どした?行くぞ?」

「もう少し…」

「あ?」

「もう少しだけ此処に、いたい。」

「……」

その言葉にシャチは空を仰いで深く息を吐いた。


「船長と…喧嘩したか?」

「……」

「別れたか…なんてッ…へへ。」

「……」

「おぃおぃ名無しさん…?今、おいコラおいッ!…って言うとこだろが。」

ふざけた彼にしかし私は俯く。


「マジ、か…」


そんな私を暫く見つめていたシャチは顔を曇らると握っていた手をパッと離した。

「シャ、チ…」

するとふわり…
今度は優しく抱き締められた。

「あぁぁッ…せっかく我慢してたのに…聞くんじゃなかった…」

苦笑いして私の顔を覗き込む。


「キス…したい…」

「……」

「最後のキスだなんてアレは、嘘だ…」

「…んッ…」


重なってきたのは…
甘い香り…花と彼。

彼の舌はするりと口内に入り私の舌を誘う。
導かれた私は彼を追い気付けば自分から舌を入れていた。

「んッ…っ」

「……」

何て…心地良い。

ゆっくりと離れようとする彼の唇を私はまた求めようとした。が、

シャチは私を、止めた。
そして…

「今日はここまでだ…」

「……」

「でも最後にもう1回だけ…」

「え…?」

にやりと口端を上げたシャチは

「ドォォーンッ!!」

走り出した。

「う、嘘ぉぉ…!」



また始まった鬼ごっこ。
それは気付けば日が傾く頃まで…続いていた。

























優し過ぎて…痛い
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