《4》
□苛波の下
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ぶ〜らぶら、暇な私の足は次に機関室を目指していた。
「お疲れ…て、暑ぅッ!」
「あ…?」
初めて入ったそこは物凄いエンジン音と熱い蒸気。
…まるでサウナだ。
「おぉ?どした?キスしに来たか?」
顔もつなぎも黒い油に染まる汗だくのシャチは私に気付くと…笑った。
「……」
その姿に耳の奥が疼く。
私は一瞬目を細め宙に浮く熱を見つめてから彼に話し掛けた。
「どお?エンジン…」
「おぉ…ちょっとな、次の島で見てもらわなきゃならねぇって感じだ。」
「そうなんだ…」
「へへ…まぁ、俺に任せろッ!」
「あのね、シャチ…」
「悪りぃ!今、手ぇ離せねぇんだッ…ちょーっと待ってくれっか?」
「あ、うん…」
「そこ座ってろッ。」
ガタリ…
シャチが顎で促した壁際の椅子に私は腰を下ろした。
「……」
工具を手に仕事をするシャチは何だか格好いい。
「んがッ!熱ッ!」
しかし私の頭の中にはベポの言葉。
いつも楽しくて優しい彼も…
愛を知らずに育ったと。
海賊船の上ではあるが、衣食住困る事なく15まで父の手で育てられた私は彼らより…幸せを経験しているのかもしれない。
「何てわがままなんだッ…このポンコツエンジンッ!俺は早く名無しさんにキスしてぇんだ!馬鹿コラッ!ポンコツ馬鹿ッ!」
「ハハ…」
そして彼には1つ、聞きたい事がある。
それは…
朝起きた時の、甘い匂い…
ぼんやりと記憶に残る
…昨夜の事。
「ほいッと!休憩!」
シャチはがばりと立ち上がりぽいぽーいと工具を投げ捨てると私の前にしゃがんできた。
「しかし残念だ…やっぱ今は、キス出来ねぇ…」
「え…?」
「お前が汚れちまう。」
至極真面目な顔でそう言うと、爪の中まで真っ黒になった手を顔の前に広げて見せた。
「シャチ…私ね…」
私は構わず彼の頬に手を伸ばそうとした、がその時…
ガチャッ
「おーいシャチ…」
一人のクルーが機関室に入って来た。
「あれ?名無しさん?何してんだ?」
きょとん…私達を見遣る。
…すると
「ちょいちょいちょい…おいてめぇ…」
地を這う様なシャチの声。
「何だその絶妙なタイミングは…あ?」
「げ…な、何だよッ…」
「お前よ、ずっと、覗き見してて、わざと、今、入って、来ただろ…違うかぁぁ!!」
「…は?てか、やめろッ!汚ねぇ!」
シャチはクルーを後ろから羽交い締めにするとそのまま腕式逆十字を極めた。
「ギブ!ギブ!船長がお前を呼んでっから交代しに来たんだよッ!名無しさんッ!お前もペンさんが探してたぞッ…んぐわぁぁー!!」
「え?ペンギンさん?な、何だろ…じゃあ私、行くねッ…あの、頑張って!」
「おいッ!待てッ!まずッ…シャチをッ…止めてからッ…行ってくれぇぇッ…!!」
「うおぉぉぉぉッ!!」
バタン!
白から黒に染められる可哀想なクルーと、心まで黒に染まったシャチをそのままに、私は急いで操舵室へと走り出した。
…変化