《4》

□分かれ道
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夕べは苦しむ事なくゆっくり寝れた。
だからだろう、今日は幾分身体が楽だった。





早朝からの勤務。
眠そうなクルー達と交代すると私はまたいつもの様にレーダーの前に座った、が

「名無しさん、今日はこっちを手伝ってくれ。」

ペンギンさんに呼ばれた。

「あ、はい…」

操舵室の奥にある大きな机には彼が描いた海図の下書きの山。

正面の席に腰を下ろすと、ペンギンさんはまず私の顔を覗き込んできた。

「お前は充分頑張ってる…だからあまり無理するな。」

「……」

トラファルガー・ローから昨日の事を聞いたのかな。

「名無しさん…?」

「は、はい…ありがとうございます。」

私はちらっと彼を見遣り返事をしてから紙の上にペンを走らせ始めた。

すると、

「随分と嫌われた様だな…」

「え…?」

「まともに目も合わせてくれない。」

どきり…
危うくインクを滲ませそうになる。

「あ、あの…」

彼の言う通り。
記憶と感情を取り戻し始めた私は無意識にペンギンさんを避けていた。

でもそれは、嫌いとかじゃなくて…

彼に呑まれてしまうのを恐れる弱い、自分。

「迷子のお前を抱いた俺が、憎いか?」

「い、いえ…」

その行為を思い出した私は顔を紅に染め俯いた。

…しかし

「だったらあの時あのまま、お前を殺してしまえば良かったな…」

次に紡がれたのは恐ろしい言葉。

「そうしたらお前は永遠に…俺だけのものになった…」

彼は、いつもそう。
ふわり…と微笑みながら、その瞳にも言葉にも闇を隠している。

そして私はそんな彼からどうしても逃げられなくなるのだ。

それが…恐い。

「フフ…冗談だ。」

ペンギンさんはそんな私の心を見透かすとまた海図に視線を落とした。

「……」

疼き出す耳の感覚に耐えながら私も仕事に集中する事にした。










「名無しさんーッ!!」

仕事を終え部屋に戻ろうとしていた私は大きな声に振り返る。

「シャチ?」

シャチは物凄い笑顔で駆け寄ってくると

ガバリッ!

「記憶、戻ったってッ?!」

私を強く抱き締めた。

「苦しい苦しい…!」

「もう忘れねぇのかッ?どうなんだッ?あ?」

「う、うん…たぶん。」

彼は自分の胸に私の頭を押さえ込み離そうとしてくれない。

「船長んとこには…もう戻んねぇんだろ?」

「え…?」

「じゃあ…いいよな?」

そう言って力を緩めると、次に大きな手で私の頬を包み込み唇を寄せた。

「…キス、したい。」

「……」

「私も…って、言って…」

「だ、駄目…」

「駄目でもいいから、私もシャチとキスしたい…って、言ってみて…早く。」

「何、それッ…」

私は一瞬の隙をつき、するりと彼の腕から抜け走り出した。

すると…

「名無しさんーッ!好きだぁぁぁッ!」

「げッ…!」

追い掛けてくる。

「俺のキスをッ!愛をッ!いや、俺の全てをッ!受け止めてくれぇぇぇ!!」

「ギャァァ…!!」



分かってる…これも彼の、優しさ。
疲れきっていた私は、また始まった鬼ごっこにいつの間にか…笑っていた。

























…捕まえて
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