書庫<幕恋:短編メイン>

□春霞は儚く甘く
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春の暁の、霞の中に儚くただよう者は・・・

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桂side

これだけ仕事をこなしているつもりでも、一向に減った気がしない。
疲れない、と言えば嘘になるが、
今が正念場だ。
薩長同盟を何としても成功させなければ!

夜も更け・・・というより、既に朝が近くなっているのであろう。
障子を通して月の光がほのかに明るさを添えてはいるが、間もなくその光も薄れ、東の空が明るくなって来る頃だろう。

台所の方から、微かな物音がした気がした。

”こんな時間に、私以外にも起きている者がいるとは・・・”

まさか藩邸の中に怪しい者が侵入しているとも思わないが、気にはなる。
念のために音のした方へと行ってみた。


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「名無しさんじゃないか?こんな遅くにまだ起きていたのかい?」

驚いて声を掛けた。

ハッとしてこちらを見る、決して見飽きる事のない可愛らしい顔。
淡い光の中、ジッと私を見上げるその大きく輝く瞳に、眩暈を覚えそうになる。
”喉が乾いて・・・”と言う、そんな言葉は、私の耳には遠い。

自分の動揺を押さえながら、暗い中の足下が心配で、彼女を部屋へと連れて戻る。

いや・・・別に彼女を子供扱いするわけではない。

むしろ、こんな光の中では、少女というよりも妖しい春の幻のような、たおやかで妖艶な姿をしている名無しさんに、心がどうしようもなくざわめいてしまう。

部屋へ送ると言ったのは、確かに名無しさんを心配したのも事実だが、彼女と二人きりの時を持ちたかった、というのが本当のところだ。

”もっともな理屈をつけて自分の行動を正当化するのは、私のいつもの悪い癖だな・・・” 
思わず苦笑してしまう。

名無しさんの前を歩きながら、背中の全神経が彼女に集中しているのが、自分でも痛い程わかる。
私とて剣士の一人。
”気”を読むのには、多少の自信がある。
しかし・・・今夜の名無しさんは、何だかいつも以上に儚い様子だ。
本当に後ろを着いて来ているのか・・・振り向いて確認したくなる。

春の幻・・・
そう、未来から来たという彼女は、確かに”この世の者ではない”と言えるのかもしれない。

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