書庫<幕恋:短編メイン>
□大切な・・・
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出来る事、したい事・・・全てはあなたのために・・・
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名無しside
大久保さんには、京都の街を一人歩きをしない様に言われている。
お世話になっている身としては、皆に迷惑をかけたらいけないとは思う。
だから、出来るだけおとなしく藩邸にいるようにしてるけど、いくら大きい藩邸だとはいえ、その中にばかりいたらやっぱり何となく息が詰まってきてしまう。
もちろん、藩邸の皆さんは優しくて、何も文句を言うところはない。
とは言え、やっぱりお客様扱いされているのは否定出来ないし、時々疲れてしまう・・・。
だから、今日は藩邸の人にことわって、思い切って一人で出かけてみた。
道を覚えるのは苦手だけど、大久保さんに連れて行ってもらったり、お客様用のお菓子を買い出しに行く女中さんに同行したりして覚えたお気に入りの甘味処が何軒かあって、そこへなら一人でも大丈夫。
もちろん、その中でも藩邸からそう遠くないお店にするし。
目的の甘味処に着いて、早速お茶とお団子を注文すると、すぐに出てくる。
まずはお茶を飲んで一息をついて、さぁお団子を・・・と思ったら、
「名無しさん」
と、明るい声がした。
顔を上げると、そこにはニコニコとした沖田さんが立っている。
「沖田さん!こんにちは!今日は非番ですか?」
遠目にもわかる特徴のある浅葱色の羽織を着ていない沖田さんは、普通の優しいお兄さんっぽい雰囲気。
「そうなんです。だからちょっと甘いものでも食べようかなと思って来たんですよ。早速こうして名無しさんに会えるなんて、僕って運が良いですね」
そう言ってウフフと柔らかく笑う。
慎ちゃんや以蔵の話だと、沖田さんってものすごい剣豪でとても怖い人らしい。
でも、こうして目の前に立っている沖田さんには、そんな様子は微塵もない。
「ご一緒したら、ご迷惑でしょうか?」
「いいえ、とんでもない!美味しいものは誰かと一緒に食べた方がずっと美味しいですから」
そう言って、ちょっと横にずれると、沖田さんは私の隣に座り、私と同じ様にお茶とお団子を頼んだ。
「ところで名無しさん。名無しさんは薩摩のところに居るんですよね?」
「ええ、そうですけど?」
「良くしてもらってますか?」
「それはもう!皆さん、とても優しくて、気を遣って下さって・・・なんか、むしろ申し訳ないくらいです!」
「そうですか。それなら良いんですけど、でも・・・」
「でも?」
「いえ、さっき、ちょっと遠くから名無しさんを見て、何だか暗い顔をしていた様な気がしたもので・・・。でも、きっと僕の錯覚ですね」
そう言ってニッコリする。
それを聞いて、私は一瞬ドキッとしてしまった・・・。
沖田さんが現れる直前に自分が考えていた事。
それは、大久保さんの事だった。
「・・・それは・・・」
つい口ごもってしまう。
「何かあるんですか?」
「それが・・・」
「詮索するつもりはないですが、僕で良ければ話しを聞きますよ」
横にいる沖田さんを覗く様にして見ると、目を細くしてニッコリと微笑んでいる。
この雰囲気って、沖田さん独特のものだと思う。
若いとは言っても、それは大久保さんや桂さんに比べたらっていうだけの事で、私よりは明らかに年上のはず。
そんな人に『同級生みたい』って言ったら変だけど、でもクラスの仲の良い男友達と話すような、気楽さと言うか懐かしさがあって、すごく落ち着ける。
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