書庫<幕恋:短編メイン>

□十六夜月
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迷った先にあるものは・・・

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あれ程に暑かった京の夏も、この頃ではすっかり涼しさを感じる様になった。

今宵は十六夜。
ここ長州藩邸でもささやかな月見の宴が催された。
皆すっかり酔って、既に各自の部屋へ戻っている。

宴の間、晋作は相変わらず名無しさんをさんざんからかって喜んでいたが、そんな晋作の相手をするのも、彼女はすっかり慣れた様子で、
最後にはまるで子供をあやす様に宥めながら、彼を寝間へと送り出してしまった。

まだまだ子供らしさを多く残しながら、時として母の様な暖かさと寛さを持つ・・・女子とは、不思議な生き物だ。

先刻までの賑わいが、まるで嘘の様に静まり返った庭。
雲ひとつない空からは、煌煌と月の光がさしている。

「桂さん? まだお休みになってなかったんですか?」

ためらいがちな声を掛けられて振り向けば、縁側に立ってこちらを見ている名無しさん。

「月があまりに美しいのでね。何だか名残惜しくて、こうして見ていたところなんですよ」

「そうですか。・・・本当に、綺麗なお月様ですよね」

そう言って、縁側から庭へ降りて来て、私の横に立ち月を見上げる。

その横顔は、そのまま光の柱を昇って行ってしまいそうに、儚く可憐な様子だ。

「今日の宴。皆さんとても楽しそうでしたね」

「そうだね。このところ慌ただしかったから、こうした機会を持つのも悪くない」

「桂さんのお考えだったんですか?」

「いや。晋作だよ。彼はいつも皆の事を考えている。今日の事も『小五郎。たまには皆にも楽しい思いをさせてやれ!』って言ってね」

つい苦笑してしまう。

「ふふっ・・いかにも晋作さんらしいですね」

「いつもながら、彼の考えは正しい。
故郷を離れ京に居ても、こうして見上げる月は故郷と同じ。楽しんだ者、郷愁に駆られた者、各自色々な想いを抱いた事だろうね。
本当に・・・良かった。こうして宴の場を持ったのは」

「桂さん?」

「ん?何だい?」

「桂さんは、月に何を想っていらしたんですか?」

「・・・前に話したね。晋作は太陽で、私は冷たい月だと。覚えているかい?」

「はい」

「こうして月を見ていると、つい自分を省みてしまうものだ」

「あの・・・私、良くわからないですけど、暗闇を照らしてくれるているのは太陽じゃなくて、月だと思います。月があるから人は暗い道でも歩く事が出来ます。
だから・・・だから、私には桂さんが月だとしても、それは私たちの道を照らしてくれる大切な光だと思うんです」

私に向ける、真っ直ぐで真摯な眼差し。
何て綺麗なんだろう。
月の光を受けて宝玉の様だ・・・。

「ありがとう名無しさん。そうだね、私は皆を新しい時代に導きたいと思っている。
今の日本は決して明るい世界ではない。そして、このままいけばもっと暗い未来が皆を待つのかもしれない。
だから私は、新しい日本を照らす太陽・・・つまり、晋作を助けて行ければ・・・とね」

そう・・・世の事であれば、私にも出来る事は、ある。
自分の役割も、良くわかっているつもりだ。

「ところで、名無しさんは、どうして『十六夜月』というか、知ってる?」

「え?・・・お月見の月をそう呼ぶのかな、くらいにしか思ってなかったですけど?」

「十六夜月は『ためらい月』なのだよ。十五夜ではなくて、まるでためらうように遅く出る月なんだ。
それが、まるで私の様でね・・・」

何を言っているのかわからないとばかりに、不思議そうな顔で私を見る名無しさん。

「何か迷いがあるんですか?」

「そうだね・・・自分の事となると、なかなか難しくてね」

「そうなんですか?桂さんほどの方でも?」

「ははっ・・・私なんて本当に情けないものなんだよ」

「そんな風には見えないですけど?」

「そう? 例えば、こうして名無しさんと月を見ていると、つい本心が出てしまいそうになって、困ってるんだよ」

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