アホリズム

□第伍話:「氷」
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 龍は怪訝そうに目を細めた。霜の言っている意味が分からず、星羅と次夢は首をかしげた。

 それらを気にせずに、霜は喋り続ける。

「温度が高い方が飽和水蒸気量が多くなることは知ってる?」

『……何の話をしている』

「科学かな。じゃあ、他にこういうのも知ってる?」

 そういうと、霜は指を二本立てた。

「まず、温度が低くなると、飽和水蒸気量を超えた分の水蒸気が凝結して水滴になる。これが結露の原理」

 話しながらゆっくりと中指を折る。そうしている間も、メータの数字は着々と減っていっている。

 しかし、霜は焦るどころか、余裕ぶった笑みを見せている。

「もう一つ。水って0度から凍り始めるんだよ?」

「……何してんのよ、あいつ」

「さあ……?」

 二人がひそひそと言葉を交わした瞬間、霜がさっと振り返った。

「二人とも、ちょっと我慢してね!」

 刹那、あたりの気温が一気に下がった。突然の変化に、龍も思わず首をもたげた。

 あまりの寒さに、星羅は次夢に抱きついた。息が真っ白に染まる。

「なにこれ!?」

「俺が知るかよ! くそっあいつは……?」

 見ると、霜の周りに何かきらきらとしたものが漂っていた。

 よく見ると、それは小さな氷の粒で、互いにぶつかり、だんだんと大きくなっている。それを繰り返して、ピンポン球ぐらいの大きさの氷の塊が四つ出来上がった。

 霜は右手で鉄砲の形を作ると、龍の弱点に狙いを定めた。

「よし、それじゃあ……」

 一度、大きく息を吸い込む。

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 霜の叫びと同時に、氷の塊が弾丸のように、勢いよく飛び出した。

 塊は龍の弱点をピンポイントで貫いた。傷口から金色の鍵が零れ落ちる。

 龍は痛みに体をくねらすと、蒸発するようにして消えていった。

「やった、成功!」

 霜が小さくガッツポーズをする。

 凍えるような寒さが無くなり、一気に気温が戻る。しかし、以前のような湿っぽさは無く、むしろ快適なくらいである。

「霜くん!」

 
「馬頭さん! 戻ったんですね。サポートありがとうございました」

「あの『文字』相手に科学を持ち出すとは……。そんな話、聞いたことも無いわ」

「つか、俺にはお前が言ってる意味がさっぱりだったぜ」

「はは」

 霜は鍵を拾い上げて、二人を連れて扉の外へ向かった。

 その先にあったのは、見慣れた校庭だった。そこに、無数の扉があることをのぞいては。

「はー。一時はどうなるかと思ったぜ」

「本当だわ」

「つか、お前は怒鳴り散らしてただけだろーが」

「何ですって?」

「まぁまぁ」

 星羅は、次夢をグーで殴ると、扉を振り返ってため息をついた。

「しかし、三人の力の配分が悪意に満ちているわ」

「善意があってもいやだけどね」

「つーかさ。あの氷……何やったんだよ、お前」

 次夢の問いに霜はうーんと唸った。

「えっとね、まず空気の温度を0度まで一気に下げたんだ。さっきも言ったとおり空気の温度を下げると水蒸気が出てくるんだ。その水蒸気も0度まで下げて凍らせる、ってのが結論かな」

「……悪い、さっぱり分からん」

「ええ……」

「大丈夫よ。次夢は頭が弱いから」

「「…………」」

 その時、霜は花壇の側に座る生徒達の中に、日向の姿を見つけた。

 教室に向かおうと歩き出した、星羅と次夢に霜は言葉を投げかけた。
 
「あ、僕こっちに行くから」

「そう? じゃあ、また今度ね」

「なー。今度勉強教えろよー」

「いいけど、僕はちょっと厳しいかもよ」

「お手柔らかに」

「ほら、早く行くわよ。……あ、そうそう。霜くん」

 次夢を引きずって教室に戻ろうとしていた星羅が、不意に霜を呼び止めた。

 霜が振り返ると、星羅がニコニコとこちらを見ていた。

「軟弱優男とか言っちゃってごめんなさいね。霜くん頭の回転も速いし、よく見るとカッコいいのね。惚れちゃったかも」

「はい!?」

 霜が目を白黒させた。星羅はさも可笑しそうに肩を震わせて、手をひらひらとさせた。

「ふふっ、ばいばーい」

「じゃーなー。っておい、そこひっぱんな! 絞まるっ、く、首が! 息が!!」

「……あ、はい……」

 星羅は霜を見て片目を瞑ると、次夢を引きずってその場を立ち去った。

 霜はその場に立ち尽くして、呆然と二人が消えた方向を見つめていた。

「……困るんだよなぁ」

 ため息とともに呟くと、身を翻して日向の下へ向かった。

 
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