アホリズム
□第陸話:「水」
2ページ/5ページ
霜はみんなから遅れて食堂に入った。
もうほとんどの生徒が食べ終わって、食器を片付けている。
丁度、頭上にある液晶テレビのアナウンサーが天気予報の時間を告げた。
生徒達の視線が一気にテレビに向く。
霜はアナウンサーの声を聞きながら、食事を取ろうと歩き出した。
すると、テレビを見ている生徒達を馬鹿にしたような目で見ているグループに目が留まる。
「くっだんね……」
「天気天気って、バッカじゃない?」
「行こうぜ」
彼らは、霜が入ってきた入り口に向かってぞろぞろと歩いていった。
「…………」
『イジメられてる。助けてとか、被害者ぶってんじゃねーよ』
『自分に原因があることにいい加減気付いたら?』
『“なりそこない”だしな。無理だろ』
脳裏に笑い声が響く。無意識にトングを持つ手に力が入って、料理を掴み損ねた。
「思い出すな、思い出すな……」
頭を振って気持ちを切り替えると、トングから逃げた料理を捕まえた。
料理を選び終えていつもの席に向かうと、まだ黄葉たちが食事を続けていた。
「やあ」
「ん……? ああ、狩瑠か」
「隣、邪魔するね」
日向の隣の席に座って箸を持ち上げる。後ろから天気予報士の声が聞こえた。
『明日は、最玉県一日降水確率0%です』
「えぇー……」
生徒たちの残念そうな声が響く。まだ梅雨に入っていないため、晴れの日がしばらく続くようだ。
「まぁ、仕方ないよね」
一人心地てエビチリを箸でつまむ。天気予報が終わり、食事を終えた生徒たちは次々と部屋を出て行く。
霜は黄葉に視線を送った。あの時見た人物は、黄葉とは全くの別人だ。
しかしそれ以上に妙なのは、その人物に見覚えがあると言うことだ。
「……狩瑠くん」
「ん、あ、ああ。何?」
「こっちのセリフだよ……」
げんなりとした様子の黄葉に、何と無く事情を察した霜はやんわりと誤魔化した。
だが、どうしても気になって一つだけ疑問を口にした。
「……誰だろうなぁ。あれ」
「さあ……僕もさっぱり」
「覚えてないの?」
「うん……全く……」
「と、いうか。六道くんの文字って何?」
「あ、えっと『変』だよ」
「ふぅん……」
六道の文字を見た霜は腑に落ちないといった表情で頷くと、しばらく黙った。
少しの間首をひねった後、霜が呟いた。
「……それって、変わりすぎてて、変わるって言うのかな?」
「さあな。こいつの場合、少しおかしなことだらけなんだよ」
日向が頬杖をつきながら答えた。黄葉もアイラも首をかしげている。
「どっちかって言うと、『変』わるって言うより、『憑』かれているみたいだよね」
「えっ!?」
「なるほどな」
なんとなく思った言葉を口にすると、日向が頷いた。しかし、すぐに次の疑問に突き当たった。
「そんなことってありえるのか?」
「ううーん……」
四人は頭を抱えて、一斉にため息をついた。
それから話題を変えて盛り上がっていると、不意に黄葉が霜に訊いた。
「そういえば、狩瑠くんはどうして遅かったの?」
「ん、ああ。先にお風呂入ってたんだよ」
「それで甘いにおいがしてたんだ。シャンプーでしょ?」
「え!?」
黄葉の言葉に霜がピクリと反応する。
なにやら慌てた様子で自分の匂いをかぎ始めた。
「へ、ヘンかな?」
霜の目が泳いでいる。不審に思った日向は眉をひそめた。
「ううん。変じゃないよ。ねぇ、アイラちゃん」
「うん、全然。わたしはこの匂い好きだよ?」
「そう……ならよかった」
ホッと霜は息を吐いた。
「さて、食べ終わったしそろそろ部屋に戻ろう」
黄葉が立ち上がり、ほかのメンバーもそれに続いた。