アホリズム

□第捌話:「盗」
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 目の前が真っ暗だった。何も見えず、何も聞こえない。

 眼球だけを動かし、暗闇を見渡す。そこで、霜は自分が目をつむっていることに気が付いた。

 瞼をそっと開く。あたりには段ボールが大量に積まれ、足の踏み場もない。見知らぬ部屋だが、どうやら学校の校舎内のようだ。

「あれ、僕死んだんじゃ……」

「生きてるよ。不思議なことに無傷でね」

 突然、頭上から声が降ってきた。顔を上げると、左目の上に文字を持った男子生徒が霜を見下ろしていた。
 目があった瞬間、霜は思わず後ずさった。なぜかはわからないが、この人物は危険だ、と脳が警鐘を鳴らしている。

 男子生徒はおかしそうにくすくすと笑うと、その場に屈んで霜と視線の高さを合わせた。

「そう怖がらなくていいよ。ただ、話をしたいだけだしさ」

「……」

 なお警戒を解かない霜に、男子生徒は何かを呟くと、肩をすくめた。

「君さ、オレと組まない?」

「……?」

「さっきの蝕のとき、君一人でやったんだよね? 文字は何?」

 笑顔で迫ってくる男子生徒から後ずさりながら逃げる。しかし、しばらく行くと何かに遮られた。

 振り返るが何もない。ぺたぺたとそれを触ると、透明な壁があるようだ。

 霜はそれがなにかすぐに分かった。蝕のとき、坂崎たちを隔離していた壁だ。

 いままで男子生徒に遮られていて見えなかったが、男子生徒の後ろには二人の女子生徒がいた。どちらも、4組の生徒だ。

「お前……4組!?」

「あ、バレた?」

 霜が立ち上がって男子生徒に向かって吼えた。

「誰がお前らなんかに力を貸すか!!」

 自分を睨み付ける霜を嘲るような目で見ると、男子生徒はふっと笑った。

「……そうかよ」

 男子生徒が片手を狩瑠に向けてかざした。霜は攻撃に備えて右足を後ろに下げて構える。しかし、男子生徒はそのまま動かず、右側の壁を見つめていた。

 怪訝に思って霜もそちらに目をやる。部屋に静寂が広がった。すると、壁の向こうから声が聞こえてきた。

『それもなるべく早く。それが約束できないなら話せない』

『……わかった。そいつには必ず極刑が下るよう申請してもらう』

 それは、日向と4組の男子生徒の声だった。

「あーあ。辰巳くん、喋っちゃうんだ」

 残念そうな声とは裏腹に、男子生徒の目には狂気が宿っている。

『本当に、間違いなく!?』

『ああ』

『絶対に!?』

『絶対だ』

『…………“朝長”』

 その瞬間、朝長の目がすわった。しばらく無言でうつむいたあと、霜に視線を戻した。

「ごめん、急用ができちゃった。早く済ませようか」

「……っ!!」

 朝長が床を蹴り、霜の懐に飛び込む。霜が防御しようと腕をかざすが間に合わずに、朝長に殴り飛ばされた。

「うあ゛っ!!」

「仲間になってくれるってんなら、これくらいにするけど」

「なん、で」

 咳き込みながら霜は朝長にガンを飛ばす。

「なんでって。君が一番文字を使いこなせているみたいだからさ、少し手伝ってもらおうと」

 朝長は表情を変えずに、もう一度手をかざした。

『盗』

 一瞬、霜の肩が軽くなり、左腕に強い痛みが走った。見ると、左腕の肘から下がなくなっていた。

「なんっ……!?」

 朝長に目をやると、手の上にその腕があった。霜が取り返そうと一歩前に出るが、バランスを崩して転んだ。

「最後に聞くよ。仲間になってくれない?」

「………っ」

 恐怖で言葉が詰まる。傷から大量の血が流出し、貧血を起こして視界が揺れた。朝長は無言で霜を見下ろしている。

「(殺される……っ!!)」

 ガクガクと全身が震える。意識が少しずつ遠ざかっていき、霜は目を閉じた。瞼の裏に懐かしい顔が浮かぶ。

 それは、まだ霜が幼い頃に交通事故で死んだ兄の姿だった。

「(お兄……僕も、そっちに行くから……)」
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