アホリズム
□第捌話:「盗」
1ページ/3ページ
目の前が真っ暗だった。何も見えず、何も聞こえない。
眼球だけを動かし、暗闇を見渡す。そこで、霜は自分が目をつむっていることに気が付いた。
瞼をそっと開く。あたりには段ボールが大量に積まれ、足の踏み場もない。見知らぬ部屋だが、どうやら学校の校舎内のようだ。
「あれ、僕死んだんじゃ……」
「生きてるよ。不思議なことに無傷でね」
突然、頭上から声が降ってきた。顔を上げると、左目の上に文字を持った男子生徒が霜を見下ろしていた。
目があった瞬間、霜は思わず後ずさった。なぜかはわからないが、この人物は危険だ、と脳が警鐘を鳴らしている。
男子生徒はおかしそうにくすくすと笑うと、その場に屈んで霜と視線の高さを合わせた。
「そう怖がらなくていいよ。ただ、話をしたいだけだしさ」
「……」
なお警戒を解かない霜に、男子生徒は何かを呟くと、肩をすくめた。
「君さ、オレと組まない?」
「……?」
「さっきの蝕のとき、君一人でやったんだよね? 文字は何?」
笑顔で迫ってくる男子生徒から後ずさりながら逃げる。しかし、しばらく行くと何かに遮られた。
振り返るが何もない。ぺたぺたとそれを触ると、透明な壁があるようだ。
霜はそれがなにかすぐに分かった。蝕のとき、坂崎たちを隔離していた壁だ。
いままで男子生徒に遮られていて見えなかったが、男子生徒の後ろには二人の女子生徒がいた。どちらも、4組の生徒だ。
「お前……4組!?」
「あ、バレた?」
霜が立ち上がって男子生徒に向かって吼えた。
「誰がお前らなんかに力を貸すか!!」
自分を睨み付ける霜を嘲るような目で見ると、男子生徒はふっと笑った。
「……そうかよ」
男子生徒が片手を狩瑠に向けてかざした。霜は攻撃に備えて右足を後ろに下げて構える。しかし、男子生徒はそのまま動かず、右側の壁を見つめていた。
怪訝に思って霜もそちらに目をやる。部屋に静寂が広がった。すると、壁の向こうから声が聞こえてきた。
『それもなるべく早く。それが約束できないなら話せない』
『……わかった。そいつには必ず極刑が下るよう申請してもらう』
それは、日向と4組の男子生徒の声だった。
「あーあ。辰巳くん、喋っちゃうんだ」
残念そうな声とは裏腹に、男子生徒の目には狂気が宿っている。
『本当に、間違いなく!?』
『ああ』
『絶対に!?』
『絶対だ』
『…………“朝長”』
その瞬間、朝長の目がすわった。しばらく無言でうつむいたあと、霜に視線を戻した。
「ごめん、急用ができちゃった。早く済ませようか」
「……っ!!」
朝長が床を蹴り、霜の懐に飛び込む。霜が防御しようと腕をかざすが間に合わずに、朝長に殴り飛ばされた。
「うあ゛っ!!」
「仲間になってくれるってんなら、これくらいにするけど」
「なん、で」
咳き込みながら霜は朝長にガンを飛ばす。
「なんでって。君が一番文字を使いこなせているみたいだからさ、少し手伝ってもらおうと」
朝長は表情を変えずに、もう一度手をかざした。
『盗』
一瞬、霜の肩が軽くなり、左腕に強い痛みが走った。見ると、左腕の肘から下がなくなっていた。
「なんっ……!?」
朝長に目をやると、手の上にその腕があった。霜が取り返そうと一歩前に出るが、バランスを崩して転んだ。
「最後に聞くよ。仲間になってくれない?」
「………っ」
恐怖で言葉が詰まる。傷から大量の血が流出し、貧血を起こして視界が揺れた。朝長は無言で霜を見下ろしている。
「(殺される……っ!!)」
ガクガクと全身が震える。意識が少しずつ遠ざかっていき、霜は目を閉じた。瞼の裏に懐かしい顔が浮かぶ。
それは、まだ霜が幼い頃に交通事故で死んだ兄の姿だった。
「(お兄……僕も、そっちに行くから……)」