EYE SHIELD 21/ANTHOLOGY

□ブルーライト
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ぴーひゃら、どこどん。
どこか郷愁を誘う祭囃子と賑やかな人々の声が溢れる小さな神社での夏祭りに通りすがりのセナと蛭魔はその足を止めた。

鳥居の奥にずらりと並ぶ縁日から流れる匂いは香ばしく、練習後の胃袋を激しく刺激するものだった。
熱気をものともせずに涼しい顔で歩く蛭魔の様子を窺ったセナは少しばかり肩を落とした。
世界戦後引退し、受験生となった蛭魔に秋大会に向けての練習内容の確認を申し入れたのはセナの方で、今から蛭魔の借宿でそれを説明してもらうために歩いている所なのだから寄り道を言い出すのは気が引けた。

「……寄ってくか」
「え?でも…」
「別に構いやしねえ。ここに寄ってくかコンビニ寄るかの違いだけだろ」

ぱちんとセナの額を弾き蛭魔は頭を掻いた。実際の所は物言いたげなセナの視線に負けただけで、ホテルに帰ればそれなりの食品は冷蔵庫に眠っている。
春大会以降、緊張状態が続いているのが見て取れるセナの様子は蛭魔自身も気になっていたところではあるが、それを差し引いてもつい甘やかしてしまうのは惚れた弱味か。

一気にぱあっと表情を明るくしたセナは早々と夜店の物色に向かう。

カラフルなリンゴ飴にチョコバナナ。
これでもかとソースが誘惑する焼きそば、たこ焼き。
その中でも一際セナの目を奪ったのはずらりと並べられた色とりどりのシロップだった。
その横でシャリシャリと音を立てて削られる白は練習終わりの火照った体にはとても魅力的だ。

そこへ駆け寄りかけて何気なく隣に立つ相手を見上げたセナは足を止めた。
蛭魔の嗜好に甘味は含まれない。皆が絶賛する某シュークリームにさえ手をつける姿を見たことはないのだ。

「好きなもん食えばいいだろうが」

ぷくりとガムを膨らませ小さく溜め息を吐く蛭魔にセナは少しばかり唇を尖らせた。
祭の雰囲気の中で一人で食べるのは味気ないと無意識に蛭魔と夜店を見比べるセナ追い越し、長い足がすたすたと夜店に向かって歩き始める。

「らっしゃい!」

甚平にねじり鉢巻の男性が蛭魔ではなくセナに声をかける。
男性の目にはセナが蛭魔にねだったように見えているのだろうか。間違ってはいないのだが何となく釈然としないまま、二つくださいと声をかけると蛭魔に腕をつねられたがこの際言ったもの勝ちだろうとセナはその痛みを甘受した。
硬貨一枚と引き換えに渡されたカップを受け取りシロップの蛇口の前で団子になっている子供たちの後に並ぶ。
好きな物を好きなだけどうぞ、と書かれたカードを首から下げたペンギンの札が乗った蛇口を次々と開いていく子供達のカップは黒味を帯びた迷彩と化しており最早砂糖の味しかしないであろうことは明白で、無意識にだろうが蛭魔の眉間に皺が寄る。
それにもテンションは上がるのだろう、けたけたと笑い声を上げ各々のカップを手に走り去って行った。
その背を見送りセナは真っ青な蛇口に手を伸ばす。
とぷとぷと真っ白な氷が青く染まっていく様子は見た目にも涼しく自然と口許が緩み、蛭魔はと振り返るとシロップをかけることなく削られたばかりの氷を口に運んでいた。

……一緒に食べられるんだし、ま、いっか。

自分もストロースプーンを銜えながら蛭魔の手を取り人混みを抜け出した。

かき氷が粗方無くなったところで、視線を感じたセナが蛭魔を見上げると珍しく蛭魔が小さく吹き出した。

「唇、死人みてえになってんぞ」

蛭魔の指摘にセナがはっと口許に手をやると更に蛭魔が笑う。

「そ、そんな笑わなくても…いいじゃないですか…!」

見なくてもわかる、きっと真っ赤だと顔を背けるセナの唇に柔らかい物が触れる。

「……甘ぇ」

そう呟く蛭魔の口許は僅に青みを帯びており、反射的に自身の唇を舐めた舌はひやりと冷たく、何の味もしなかった。
忙しなく瞬きを繰り返すセナの頭を叩き、帰るぞと歩き出すその姿は色素の薄さと相まって提灯の灯りに溶け、まるで陽炎のように消えてしまうのではないかとセナは慌ててその背を追いかける。
セナの手の中で既に形を無くした青い水は揺らめく二人の心模様のようにちゃぷんと小さな音を立てた。



【 E N D 】

 

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